最終確認

アカウントを削除してもよろしいですか?

削除する
キャンセル

新規登録はコチラ
SiiiCKに新規登録
メールアドレス 必須
会員登録には利用規約プライバシーポリシーへの
同意が必要です。

はなまる整骨院 今年で20周年を迎え、地元の高齢者からストリート・カルチャーのクリエイターまで、多種多様な人たちから絶大な信頼を集める、世田谷区経堂の整骨院

2005年に開院し、今年で20周年を迎えるはなまる整骨院。

世田谷区経堂にあるこの整骨院は、地元のおじいちゃん、おばあちゃんから、トップアスリートや著名人、ストリート・カルチャーの最前線で活躍するクリエイターまで、多種多様な人たちから絶大な信頼を集めている。院内へ一歩足を踏み入れると、無数のストリート系のステッカー、アート作品や写真、雑誌やZINEが目に入り、アートスペースとかカルチャー基地といった雰囲気がある。そして施術の方はというと、アメリカで人体解剖実習に参加し、体表からではわからない人体の構造を研究し、根拠のある施術を提供するという、院長の中野浩樹が追求してきた確かな治療技術と知識とがある。8月31日には渋谷・不眠遊戯ライオンでの20周年パーティが、「やどかり」の10周年とのコラボでの開催が決まっている。院長の中野浩樹と副院長の長島一輝にいろいろ話を聞かせてもらった。



左から、副院長の長島一輝、院長の中野浩樹

Image



中野浩樹院長がはなまる整骨院に入るまで


SiiiCK まずお聞きしたいのですが、何故ストリート系の知り合いがめちゃくちゃ多いのですか? はなまる整骨院の前は何者だったのですか?


中野浩樹 何者でもないです(笑)。みなさまに何者かに仕上げていただいた感じです。大学時代は自分でバンドもやっていて、いろいろストリートの子たちが周りに多かったんです。2008年にいろいろ出会いがあって。いろんな場所に夜遊びに行くようになったんですよ。そこから徐々にみなさんを知っていくようになりました。


SiiiCK ストリート・カルチャーでは何が好きだったのですか?


中野浩樹 ハードコアです。WIZ OWN BLISSのドラムのコージくんとは大学時代に仲が良くて。OMKとかPUBLIC DOMAINとかとも知り合うようになって。NYハードコア、ビートタウン、State Craftあたりのニュースクールとかも好きでした。地元が伊勢なので、関西、名古屋にもハードコア・パンクの先輩たちがいて。そこで学んでいったのは大きいですね。


SiiiCK そこから夜遊びで広がっていったんですね。


中野浩樹 広がりました。ヒップホップからハウス、テクノのパーティ、フェスまで、いろんなところに顔を出させてもらいました。


SiiiCK はなまる整骨院には初代の院長がいたんですよね。


中野浩樹 Ken Yamamotoというこの業界では有名な人です。


SiiiCK この業界に入ったきっかけは?


中野浩樹 大学は日本大学生物資源科学部に入って、森林資源、植物、山、環境保護について勉強してたんですよ。大学を卒業してからは、2年ほどサラリーマンをしていて。大学時代に自分がやってたことは森林資源の勉強で。日本の木を切ってそれを住宅にしていけば、日本の山に手が入るわけだし、間接的には環境保護につながるから。勉強したことをつなげようと思って、家を売るという仕事を選びました。会社には右に2個上の先輩がいて、その隣に係長、その奥に課長、副部長、部長がいたんですけど、3年先、10年先、20年先を考えて、40年後のゴールを想像した時に、めちゃくちゃ怖くなっちゃって。その日、深夜まで残って辞表を書いて、部長の机に置いて、次の日から出社しなくなって。何をしようかってなって。伊勢の実家に引っ込んだんですけど、親父から、「おまえ何やってんだ? 働かないのか」って言われて。中野家は手先がスゴく器用で、僕も手先が器用だから、「柔道整復師という資格があるから、調べてみろ。何かのヒントになるかもしれない」って言われて。柔道整復師というのは整骨院の先生のことで、調べていくと合格率が80%ぐらいで、国家資格だし、起業ができるんです。それで接骨院に行って見学をさせてもらったら、みんなに「ありがとう」と言われてるんですよ。これはクレームで怒られっぱなしだった前の仕事とは真逆で、いいなと思ったんです。そこで大阪の学校に3年通うことになって、東京で就職活動を始めて。整骨院とか整形外科がいっぱい集まるオープンキャンパスみたいなものがあったので、そこに行くことになったんですけど、前日に友達が「浩樹が東京に久々にやって来た」というので、みんなでパーティに行ってしまって。翌日起きたら昼の2時で。オープンキャンパスは4時までだったんですよ。スーツとかもないままそこに行ったら、僕が行きたかった整骨院とかは全部クローズしてたんですよ。それでウロウロしてたら、世田谷区経堂の先生を紹介してあげるよって言われたのが、Ken Yamamotoだったんです。家から通えるところだったし、見学をさせてもらって、そのままはなまる整骨院に入ることになりました。Ken Yamamotoはスゴい厳しい人で、超スパルタでしたね。でも、その人のおかげなんですよ。これも全部ご縁だと思ってます。


SiiiCK でも、Ken Yamamotoさんは、はなまる整骨院を辞めてしまうんですよね。


中野浩樹 はなまる整骨院は当時、3店舗あって。それぞれの店はまかせていて、院長のKen Yamamotoは、海外に出て3ヶ月とか半年帰ってこないこともあったんです。でもKen Yamamotoは厳しすぎるから常に人が辞めていくんです。それで院長も辞めるってなった時に、俺しかいないなと思って。「院長をやらせてください」って言って。僕がやらせてもらうことになりました。それが入って1年経った時のことです。その年の夏は夜遊びをしてたんですけど、師匠には、「クラブなんて遊びに行くな。集中しろ」と怒られてました。

ImageImage




ストリート・カルチャーと治療技術・知識の追求


SiiiCK 院長になった時、意気込みみたいなものはあったのですか。


中野浩樹 そういうのは全然なくて。その時は人気がなくて、患者さんが少なかったんですよ。まずは地元ではなまる整骨院を知ってもらわないといけないなと思って、常に地元の飲み屋に飲みに行くようにしました。知られてないですけど、技術はスゴく高いので、Ken Yamamotoからもらった技術を披露したかったんです。それでいろんな人に「施術させてください」って声をかけて、少しずつ診させてもらうようになって。2年経って、ある程度患者さんが増えて忙しくなってきた時に、来てくれたのがDKJさんで。たまたま藤原ヒロシさんに近しい方で、僕と同じ地元の伊勢ということもあって。すぐにHONEYEE.COMに書いてくださったんです。そこからいろんな人が来るようになって、技術の方も少しずつ自信がついていって。大学時代のハードコアやヒップホップの友達とかにも、「ちょっと診させてよ」って言って、診るようになって。アパレル業界の人たちも来てくれるようになって。そのタイミングで美容鍼を始めたんです。顔に鍼を打って写真を撮るというカルチャーがまだなかった時で。それが出た瞬間に、SNSで今でいうバズみたいなのが起こり、こぞってアパレルの方々が来てくれるというのは、2012年ぐらいから始まりました。


SiiiCK 縁がつながっていったんですね。


中野浩樹 それで、当時は何でもない普通の整骨院の内観だったんですけど、僕の家にあったモノを少しずつ置くようになって。それを見た人が、「僕の写真を飾ってもらえばみんなに見てもらえる」というので、写真をいただけることになって。展示会にも行くようになって、アートが徐々に増えていって。自分の私物だけでなく、みなさんの作品とか写真を飾っていくようになったんです。小田原愛美さん、上岡拓也さんの絵も飾ってあるし、雑誌やZINEなど面白いものをいろいろ置いてますね。うちはただの整骨院なんですけど、AとBを足すとCになるみたいな世界があると思って。よくわからないまま二つが混ざると、また新しいものに見える、そんな感じでみなさんに見られてるのかなと思います。さらにみなさんが、「何これ?」っていう風に噂を立ててくれたというのも大きいですね。

ImageImageImage



SiiiCK お客さんの方も、地元の高齢者の方もいれば、アパレル、ストリート系の人たちもいるわけですよね。そこはかなり面白いですね。


中野浩樹 おじいちゃん、おばあちゃんたちがたくさんここにいて。「何であんなオシャレな子たちがたくさん来るの?」って言いますね。逆に外から来る子たちは、ローカルのおじいちゃん、おばあちゃんがかわいいって言ったり。両方がリンクしていて、お互いに良いんです。おじいちゃんがZINEを見てたり、「BURST HIGH」を読んでたりするんですよ(笑)。ただ、僕らが絶対に忘れないところがあって。僕らはラフでポップに見られちゃうんですけど、生業は身体を触るというものなので。そこにはKen Yamamotoの教えもあって、「この世界の超マニアックなものであれ。究極を突き詰めろ」と言われてた部分があるんです。それで、治療技術や知識においては、ストリート以上に凝ってきたところがありますね。凝りすぎて、7年ぐらいハワイに行って、ハワイ大学医学部の解剖ラボで人体解剖実習に参加したりするほど、のめり込んでいった部分もあります。元々の入り口は飯を食うために始めた仕事ですけど、どっぷり浸かっていきましたね。


SiiiCK そこはどれだけ追求したのですか? 実習に参加したということは、エビデンスの部分も追求したかったのですか?


中野浩樹 エビデンスがないと、説得力がないですよね。「ここをこうして、こうすれば良くなる」という治療法はたくさんあるんですけど、その治療法は何故なのだろう? 何故良くなるのだろう?というのを、よくわからないまま使ってたりするんです。教えてる人しかわからないものだし、教えてもらっても何故かは教えてくれないので、自分で考えろということかなと思ったんです。人体解剖というのは日本ではできなくて、アメリカではできるというので、アメリカに行くことにしました。例えば、三角筋にしても、「本当にそんな筋肉があるのかな?」というところまで行っちゃったんですよ。どこまで付いてるのか、本当につながってるのかが気になって。実際に目で見てみないと、身体の中のことはわからないじゃないですか。実際に見ると教科書とは全然違うんですよ。そこからどんどん深さを調べるようになったり。鍼でどこまで刺したらどこに当たって、次の筋肉で何センチまで行くのかをメジャーで測ったり。足裏を調べるのに2年かけたり。そうやっていく間に向こうの人からも、「おまえ、また来てるのか。去年もいたよね」って言われて。「おまえらは勉強熱心だから、生の献体を見せてあげる」って言われて。ご献体というのは、ホルマリンに浸かってるものは硬いんですよ。硬直してると関節が動かないんです。僕は柔らかい関節を見たかったので、フレッシュなご検体を見せていただいて。黒い袋でかぶさってるんですけど、特別に剥がしてくれて、全部見せてもらいました。全部触って、全部測りましたよ。そういう研究をしてきてるので、身体に触った時に、どのくらいの強さでどこまで行けるのかがわかるんです。


SiiiCK スゴい話ですね。普通はそこまでやらないですよね。


中野浩樹 そこまでやらないと気が済まないんですよね。コロナ禍で行けなくなるまで、ずっと行ってました。


SiiiCK インスタに投稿されていたのを見たんですけど、「腰や膝が痛いおじいちゃんおばあちゃん達と毎日出会いました。なんで毎日整骨院に来るんだろう? なんで施術しても施術しても治らないんだろう」、「それを証明できるのは30年後」とありますよね。これはどういう意味でしょうか?


中野浩樹 僕たちが最初に診ていたのは、おじいちゃん、おばあちゃんなんですけど、毎日来てもらっても一向に治らないんですよね。良い技術があっても、その日だけなんです。何故良くならないんだろう?と思って。技術を教えてもらっても、勉強をしても駄目なんです。結局、骨格が変形してしまってるので、元には戻らないということを知ったんですよ。今は20代、30代の若い子たちも診させてもらってるんですけど、今のおじいちゃん、おばあちゃんは若い頃に整骨院に行ってないし、そういうカルチャーもなかったんです。おそらく40代、50代になって、身体が痛くなってから来てるので、もしかしたら手遅れなんじゃないかとも思って。でも、20代から診てる人たちの整体をずっと続けていったら、おそらく変形をせずに、骨に負担がかからない状態を作れるんじゃないかと思って。ずっと通ってもらってる今40~50歳あたりの人たちが、あと30年ぐらい経てば70~80歳になるので、その時になったら、「痛みがないよ」って思ってもらえるんじゃないかと思って。だから、それを証明するには、あと30年ぐらい必要なんですよ。


SiiiCK そういうことなんですね。


中野浩樹 それに、怖い先輩たちも来て、「中野、ヤブだな」って言われるので、技術を上げていかなきゃいけないんです(笑)。でも徐々にその人たちは痛みがなくなってきてるんですよ。痛くなくても、メンテナンスとして来てくれる人がたくさんいるんです。これはこのままいけば、怖い先輩たちから、「中野のおかげだ。ありがとう」って言われるかもしれない(笑)。それをあと30年やるって決めたのが、今年の20周年というタイミングですね。

ImageImageImage



長島一輝副院長


SiiiCK 副院長がはなまる整骨院に入ったいきさつは?


長島一輝 僕は地元が八王子で、高校まで野球をやってたんですけど、怪我ばかりしてて。自然と家の近くの接骨院に通ってたんですよ。大学は日本体育大学に入って、アスレティックトレーナーの分野に興味があったので、そこの学科に入って。アメフト部に入部して、学生トレーナーを4年間ずっとやってました。でも、トレーナーの世界って飯を食えないんですよね。国家資格が必要だなと思って、大学を卒業してからは、現場のグラウンドでトレーナー活動をするために鍼の資格を取りに行きました。カルチャー的なことで言うと、14歳からレゲエがずっと好きで。TSUTAYAで間違えてジャマイカのレゲエのSizzlaのアルバムを借りたのが始まりです(笑)。大学の時は部活が終わって、渋谷のクラブに行って、朝帰ってきて、授業中に寝て、部活、という4年間を過ごしてました。そこから専門学校に入って、3年生になって、国家試験が近くなったタイミングで、どうしようってなってる時に、雑誌のOllieを読んでたんですよ。雑誌の最後を見てたら、そこに「はなまる整骨院」って書いてあって。Tシャツの写真があって、「ポップアップをやってます」ってあったので、「何これ?」ってなって。インスタを見てみたら、お灸のもぐさをパケで小分けにして投稿してる写真とかがあって。「何これ? こんなところがあるんだ?」と思ってたら、今度は「施術を受けたらCHILL OUTをお渡しします」という企画をやってて。全然意味がわからないなと思いながら、見てただけだったんですよ。チャラついて見えたし、フォローしたら負けだなと思って(笑)。それで、アメフト選手の友達に、「ここ、何かヤバくない?」って言ってたら、そいつがはなまる整骨院のインスタをフォローし始めて。「俺、行ってくるわ」って行って帰ってきた時に、「めっちゃ施術が上手だったよ」って言われて。その3日後にストーリーで、「社員を募集します」って出てたのを、そいつがスクショで送ってくれたんです。これは一回行くかってなって。DMして、連絡しました。後から聞いたら、僕のことを「けっこうガチなヤツが来るから」っていうので、見学に行った日にめちゃくちゃ勉強会をわざとしてたんですよ(笑)。


中野浩樹 実際、勉強会はしてるんですけど(笑)。


長島一輝 ちゃんとしてるんだなと思って。完全にダマされました(笑)。でも、中野先生と面接して話をした時に、面白いなと思ったんです。はなまる整骨院というよりも、中野先生と働いてみたいと思ったのが、最終的に決めたところです。


SiiiCK 施術内容と二人の得意とするところも教えてください。


中野浩樹 整体、鍼、灸、あん摩、マッサージ、指圧です。僕は整体ですね。触られたことのない奥のところを触ります。


長島一輝 僕は整体、鍼で、必要だったらリハビリもやるという感じです。施術をしてもすぐに戻ってしまうので、「これが足りないから、トレーニングしましょう」とか、「ストレッチしましょう」というのをやってます。


SiiiCK どのような人におすすめですか?


中野浩樹 全人類が整体を受けるべきだと思いますね。髪の毛を切る人は80%以上なんですよ。でも、整体を受ける人って30~40%なんですよね。もっと知ってもらわないといけないと思うし、身体が痛くない人も来てほしいんです。

ImageImageImage



BED TRIPと20周年


SiiiCK 「BED TRIP」というタイトルで、はなまる整骨院以外の場所にも出張して施術を行なっていますよね。


中野浩樹 ここに来る人たちは、いろいろなところから来てくれるんです。1時間とか1時間半かけて来てくれてるから、通うのが大変だなと思って。本当は2店舗目とか3店舗目を作りたかったんですけど、旅もしたかったし、普通に旅をするのもつまらないので、ベッドを持って旅をすればいいじゃんと思って。それで、BED TRIPなんですよ(笑)。そこはBAD TRIPとも掛けていて。いろんなところでやることによって、いろんな方に「BED TRIPに来てくれない?」って声をかけてもらってますね。


長島一輝 一番最近では、フェスで出演者向けに楽屋でベッドを出してやりましたね。


中野浩樹 東京マラソンの後のAFEのランニングチームのイベントにも参加しましたけど、あれは面白かったですね。僕たちのベッドではなく、Helinoxさんのコットとか椅子を使ったんですけど、僕らのマッサージと相性が良かったです。あとは、フリーマーケット、ポップアップ、青空整体みたいなのもやっていて。面白くなればいいのかなと思ってますね。僕らはどこかに行けるだけでうれしいので。いろいろ呼んでいただいて、喜んでもらえたらうれしいです。


※Helinox  Instagram: @helinox_tokyo


SiiiCK 8月には開院20周年を記念してパーティをやるとのことですが、パーティはこれまでにもよくやっていますよね。接骨院の中でもパーティをやりませんでした?


中野浩樹 ここでもやりましたね。パーティを始めたのはコロナ禍だったんですよ。コロナ禍の2022年に渋谷のbloc japonという美容室で、DJイベント兼整体をやったんです。本当は渋谷のビルの11階で、ラウンジ的な感じで、空がパカンと見えるところにベッドを置いて、静かな音楽を聴きながらラグジュアリーなマッサージをやりたかったんですよ。ところが、僕が選んだDJたちがチルじゃない曲をかけ始めて。だんだんスゴいものになっていって。でも、それが案外受けたし、楽しんでくれる人たちがいたんです。あと、2022年12月にライオン(不眠遊戯ライオン)で僕の誕生日をお祝いしてもらったパーティがあって。それがクラブパーティの初めになりますね。それで、今年の20周年には何かやりたいと思ってたので、その練習みたいな感じで、去年19周年パーティをやりました。


長島一輝 中野先生のバースデイパーティは招待制にしたんですよ。オープンでパーティをやったことはなかったので、ちょっと一発やっておこうかっていうのが去年です。


中野浩樹 で、20周年パーティは8月31日のライオンで決まってます。経堂のお祭りが渋谷に行くみたいな感じですね。今回はお世話になってる居酒屋のやどかりの10周年も含めてやらせてもらいます。みんなで感謝祭みたいな感じになると思いますね。音楽はレゲエとヒップホップで、昼の3時から9時までやるんですけど、昼の太陽がライオンに当たってレゲエがかかるのって、たぶん見たことがないので、それをちょっとやりたいなと思ってました。もちろんDJ陣はここに来る人たちだけで集めてます。本当、不思議ですよ。僕らが聴いてた音楽の人たちが来てくださるわけじゃないですか。高校の時の自分に言いたいですよ。「おまえ、20年後にその人を診るぞ」って(笑)。


長島一輝 やどかりさんはそこにある居酒屋で。そこの大将がKANDYTOWNの先輩で、DJもKANDYTOWN周りなんですよ。


※やどかり  Instagram: @yadokari_kyodo


中野浩樹 レゲエの方はBADGYAL MARIEが出演します。爆音の音楽で踊って、飛んでいく痛みってあると思うんです。良い音楽と良いお酒で全部忘れてほしいので、施術はありません(笑)。


SiiiCK 20周年パーティ以外にも考えていることはありますか?


中野浩樹 その後、さらに控えていることがあって。これを節目に2号店を考えています。整体だけではなかなか改善できない部分もあるので、彼(長島一輝)がコンディショニングを行う別ブランドを始めます。


長島一輝 会社員のまま、はなまる整骨院の看板も使って、僕の得意なリハビリのジャンルの店を今準備してるところです。


中野浩樹 さらに言うと、スパとかのはなまるバージョンを作って、この業界をいろいろジャックしていこうかなと考えてます。20周年を迎えられたのもみなさんのおかげなので、もっとみなさんに還元できればと思っています。



左から、長島一輝、鈴木大樹、合志太喜、馬渡廉、荒木俊也、大久保太助、中野浩樹

Image



やどかり10周年&はなまる整骨院20周年PARTY

Image


2025年8月31日(日)

OPEN15:00  CLOSE21:00 

entrance ¥3,000 


不眠遊戯ライオン

東京都渋谷区神宮前6-19-17 GEMS神宮前 7階



はなまる整骨院

東京都世田谷区経堂5-29-1 

TEL: 03-3428-0009 


https://hanamaru-genki.com

Instagram: @hanamaru_kyodo

X: @kyoudouhanamaru


WEB予約

https://reservia.jp/reserve/staff/5128?start_page=1&is_guest=1


LINE予約

https://page.line.me/827jxxkc?openQrModal=true

コメント

0件