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Mei Yong(Liberaiders) × Rian Pozzebon 23年間いたVansを離れて、新たなクリエイティヴ「You & I Radio」をスタートさせたライアン・ポッゼボン。来日時に行われた、Mei Yongとのスペシャル対談

LA東部のパサデナ出身、スケートボードのバックグランドを持ち、1996年に自分のバッグ会社、Pipsqueeks Bakpaksを立ち上げた後、いくつかのブランドでキャリアを築き、

2002年から23年、Vansでデザイン部門のヘッドを務めてきたライアン・ポッゼボン。

Vansでは人気ラインの復活に加えて、Vans Syndicateを共同設立して成功させ、数々のコラボレーションを形にするなど、彼がストリート・カルチャーに残してきた業績は計り知れない。

そして、昨年2025年には、長年いたVansを離れ、新たなクリエイティヴの取り組みであるYou & I Radioをスタートさせている。

このライアンとは長年の親友であり、バッグ・ブランド「BRAVO」のパートナーでもあるMei Yong。

Mei Yongは、アメリカ西海岸のブランドの代理店を経て、2017年に自らのブランド「Liberaiders」をローンチして、ディレクターを務めている。

BRAVOは、ライアン、アティバ・ジェファーソン、バート・リクティの三人が2013年に立ち上げたブランドで、バート・リクティとは同じVans Syndicateの共同設立者でもある。

ライアンの来日時に、二人のクリエイターによるスペシャル対談を行った。



Photography: Jesse Kojima


写真:左から、ライアン・ポッゼボン、Mei Yong



二人の出会い


SiiiCK 二人が初めて会った時のことは覚えていますか?


Mei Yong 12年くらい前だったと思う。ライアンからメールが来たんですよ。特に自己紹介とかもなく、「友達から連絡先を聞いた。バッグのブランドを一緒に立ち上げようと思ってるんだけど、興味ある?」という内容でしたね。


ライアン 正直、あまりよく覚えてないな。


Mei Yong 僕はよく覚えていて。ああいう形で連絡をもらったことは、それまでになかったから。


ライアン いきなり大変そうだもんね(笑)。


Mei Yong それで僕はライアンに、「連絡ありがとう。ブランドがわかるウェブサイトはある? 一度見てみたいから」と返信したんです。するとライアンは、「まだ準備できてないんだ」って返信してきて。「来週東京に行くんだけど、会う時間はある?」って言ってきたんです。それが何だか面白く感じられて、「いいよ、東京なら会おう」って返して。それで、セルリアンホテルで会うことになったんです。それが最初の対面ですね。


ライアン どうやって僕がMeiの連絡先を手に入れたかは言えないけど、一つ言えるのは、僕は若い頃にバッグの会社を手がけていて、工場との関係とかいろんな困難を経験した後、もう一度この冒険に踏み出すなら、間違いない人、間違いない工場を見つけて、短期ではなく長期で何かを築くしかないと思っていたことだ。それはBRAVOの僕たち三人全員に共通していた考えで。三人の中では、僕だけがバッグ作りの経験があって、その分、過去の経験で傷も負っていたから、なおさら慎重になっていた。香港とか広州でいくつもの工場を回って、バッグのサンプルを見せた時に、大体は「これは作れるよ」と言ってくれたんだけど、カメラバッグだけは、「これは別の工場じゃないと無理だね」という反応だった。正直、ちょっと心が折れかけていた時で、必死な思いで、心から尊敬している親しい友人に頼ったんだ。その友人はMeiとつながりがあって、僕のためにこっそり連絡先を教えてくれたんだ。僕はMeiにはその経緯を知られたくなくて。ただ、「ヘイ!」って感じで、自然に始めたかった(笑)。ここで僕が話しておきたいことがあるんだけど、Meiと会うことになった時、Meiは家族全員で会いに来てくれたんだよ。


Mei Yong マジで?! 確か、土曜日か日曜日っだったんじゃないかな。


ライアン それが僕の中ではもう決定的だった。家族を連れてきてくれたこと自体、スゴく誠実だし、光栄なことだと感じたんだ。「ああ、これは違うな」って思ったんだよ。ビジネスだけじゃなくて、家族を大事にする感覚がある人なんだなって。正直、そういう展開は全く予想してなかったし、逆にクールだなって思ったよ。いわゆる “日本のビジネスマン的なミーティング” を想像してたわけだから。それがいきなり「週末で、家族全員で来ました」だから、びっくりしたんだ。


Mei Yong 週末で家族と一緒にいたからですよ。ライアンは自己紹介もせず、どうやって僕の連絡先を手に入れたかも言わずに、遠いアメリカから来たから、興味を持ったんです。それでライアンの経歴を知ると、実はVans Syndicateの創設者の一人で、正直、僕はかなり前からライアンの名前は知っていたんです。でも、一度も会ったことはなかったから、「君があのライアン?」って聞きましたね。「何で最初のメールでそれを言わなかったの?」って。ほとんどの人は、誰々の友達で、どこどこの会社で働いてるって言ってくるのが普通で、ライアンも最初からそう言えば簡単なのに、変な形で突然やって来て、連絡してきたので。


ライアン その時、僕が考えていたのは、実寸大でバッグを全部プリントすることだった。大型プリンターを使って、全部スケール通りに出力したんだ。まるで建築模型みたいに、部屋いっぱいに広げてね。僕たちが本気で作ろうとしているものを、どれだけの労力をかけて取り組もうとしているのか、ちゃんと見せたかったんだ。僕の狙いは、こちらがどれだけプレゼンに力を注いでいるのか、その努力をちゃんとわかってもらうことだった。


Mei Yong それは伝わったし、実際に驚きましたね。実はバッグ作りの方は30年近くやっていて、デザインをちゃんと100%のスケールでできる人は、ライアンがこれまでで3人目になるんです。その時に彼のシューズ会社でのデザイナーとしての経歴を知って、なるほどと思ったわけです。シューズのデザインをやってる人って、基本的にすべて実寸・スケール通りで作るから。一方で、多くのバッグ・ブランドは、最初にイメージだけを送ってきて、「このヴィンテージ・バッグのこのパーツがカッコいいから、これを取り入れて、このサイズ感、このクオリティ感で」みたいなやり方が多いんですよ。でも、ライアンが見せてきたのは、ちゃんとした設計図レベルのテックパックで、「もうやることないやん。これはもうそのまま工場に渡せる」というくらいの完成度で。工場側も「この人、バッグのプロだな」って驚くほどの反応だった。後から彼がシューズのデザイナーだと知って、全部が腑に落ちたんです。ただ、BRAVOの他の二人、アティバのことも、バートのことも知ってはいたけれど、どうやってストリートの文脈にいるこの三人が一緒になって、バッグ・ブランドを始めて、僕のところに来たのかは、正直わからなかったんですよ。


SiiiCK ライアンがアティバ、バートと一緒にやることになった経緯は?


ライアン バートはLAのUnionで働いていて。僕はLAで育ったから、Unionの連中のことは昔から知ってた。最初の頃はみんなでスケートしていたし、その後、僕は家庭を持って、少し距離ができた時期もあったんです。バートは、後からUnionに入ってきた比較的新しいメンバーの一人だったと思う。その頃、僕はちょうどVansで働いていて、トレードショー用にスケートビデオのパートで使われている曲を集めたCDを8枚作っていたんだ。ある日、Unionで買い物をしていたら、友達のジョンが「これって〇〇のパートの曲だよな?」って言ってきて。僕は「いや、それ違う。こっちのパートの曲だよ」って返したんだ。そしたらバートが、「こういうのって最高だよな。曲を聴くと、その時代、その日のことが一気によみがえるんだ」って言ってきて。僕が「実はこういうCDを作ったんだよ」って言ったら、「マジで? 全曲入ってるの?」ってなって。バートとはそこから仲良くなったんだ。バートは日本に行った時の話とかもよくしてくれて。僕も「もっと聞かせてよ」って感じで盛り上がったんだ。それである日、Vans Syndicateをやろうという話になった時は、表に出ないシークレットなサイドプロジェクト的なノリだし、「これはバートも絶対に関わるべきだよな」って思ったんだ。一方で、アティバは言うまでもなくスケートボード界のレジェンドだ。僕は長いことスケートボードのコミュニティにいたから、正直、どこからが最初なのかははっきり覚えていない。気づいたらずっと一緒にいたし、普通に遊んだり、パーティしたりしてきた感じだ。ただ、実際のきっかけとなったのは、バートとアティバが一緒になって、「バッグ・ブランドをやろう」ってアイデアを出してきた時だった。二人で「誰に頼む?」ってなった時に、バートが「そうだ、あいつしかいない」って、僕のことを思い出したんだと思う。それで、バートが「ヘイ、ライアン。ミーティングをやりたいんだけど」って言ってきて。そこにアティバも来て。一緒にやろうぜってなったんだ。最初は別のブランド名が決まっていたんだけど、商標を取るのにかなり苦労したんだ。


Mei Yong それで「BRAVO」というブランド名にしたんですよ。


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バッグ作りに対する思い


SiiiCK ライアンは若い頃、バッグの会社をやっていたんですよね。


Mei Yong 何年か経ってからその話をしてくれたんだよね。「どうしてバッグのデザインができるんだろう?」って不思議に思って、聞いたんですよ。


ライアン 何年間かバッグの会社をやって、世界中を回って、いろんなものを見てきた中で、どうやったらこの会社が成長できるのか、ずっと考えてたんだ。最初の資金は祖父に出してもらったんだけど、そのお金を最初の生産で得た利益から返そうと決めていて。実は祖父は僕のメンターみたいな存在で、ビジネスのことも教えてくれた人だった。だからちゃんとお金を返せた時は、本当に誇らしかったし、ひと区切りがついた感じがした。バッグの会社をやめた後も、頭の中にはずっとバッグのアイデアがあって。だからまたこの世界に戻ってこられたのは、スゴくうれしかった。Vansでも、「こんなアイデアはどう?」って、軽いノリでバッグのデザインをいくつかやったことはあった。でも、今回はちゃんと技術的な部分まで踏み込んで、バッグに何が必要なのかを考えながら、新しいことを探っていった。僕たちはみんな、世界を旅する中でそれぞれに違う視点を持っている。実際に持ち歩くものだって違う。だからバッグに求めるものも違うんだ。それがブランド名の意味や、細かいディテールにもつながっている。「自分の場所を離れて、外の世界を探索する」という感覚。旅は毎回違うから、バッグもモジュール式にして、その時々で中身を変えられるようにしたい。自分のスタイルに合わせてカスタマイズできるようにね。最初にテックパックを出した時は、どの工場も苦戦していたんだ。でもMeiに見せた時は、何の問題もなかった。「ああ、これね」って感じで、すぐ理解してくれたんだ。


Mei Yong 僕からすると、大きな会社が作るバッグは、どれも同じなんですよ。だから、ゼロから新しい会社を始めるっていうのは、すべてが新鮮で楽しかったんです。ライアンたちがカメラバッグを作りたいって言った時、僕自身も写真は大好きだし、僕の経験上、カメラショップに置いてあるカメラバッグって、正直、ほとんどがダサいと思っていて(笑)。それで、ライアンと一緒に香港に行って、現地で僕のパートナーのウィルソンと合流して、いろいろ話し合いをして。話を聞いたウィルソンは、「チャレンジしてみたいね。でも、完璧に作れるかどうかはわからない」って言うんです。そこからサンプルを作って、アティバが実際に使ってみて、「ここが壊れる」っていうのを、問題が出るたびに直していって。それを繰り返して、今の形になったんです。そのバッグは素晴らしい出来なので、僕自身も使っていますね。あと、BRAVOというブランド名もスゴく好きで。Alpha AとかAlpha Bといったワードは、軍事用語から来ているんです。ベトナム戦争の頃、ヘリコプターが飛び交っていた時代のイメージだから。それに、BRAVOっていうのはイタリア語で最高という意味もあるんです。


ライアン 僕はそれを旅立ちの祝福として捉えているね。誰かが旅に出る、その瞬間ってとても美しいと思うんだ。多くの人は自分の世界から出ようとしないよね。でも旅に出ることで、人と出会って、世界はぐっと近くなるんだ。外の世界には本当にたくさんの愛があるんだよ。それで、友達もどんどん巻き込んでいった。「いいアイデアがある。一緒にやらないか」って言って。伝説的なシネマトグラファーのビル・ストロベックも参加してくれたし、アレックス・オルソンも加わった。仲間と一緒にモノ作りをして、工場にも自分たちにもプレッシャーをかけて、今までと違うことに挑戦するのは、本当に楽しかった。


SiiiCK 二人はお互いをどのようなクリエイターとして見ていますか?


ライアン Meiとの信頼関係は、最初から一瞬で生まれた感覚があるね。Meiは間違ってることがあれば、ちゃんと言ってくれるし、それは批判じゃなくて、もっと良くしたいという気持ちから来ている。僕はこのプロジェクトを前に進めて、成長させて、もっと多くの人と共有したい。ただそれだけなんだよ。それぞれが別々の世界でやっているから、妥協に陥るような関係じゃなくて、ちゃんと良いものを作るために攻める場所がここにはあると思っている。お金のために急いで出すのではなくて、本当に良いものを作るために時間をかけられる。その意味で、Meiは本当に素晴らしいパートナーだと思ってる。LAにも来てくれたし、そこで僕の家族も紹介して、一緒に時間を過ごせたのもスゴく良かった。あれは本当に楽しい時間だったよ。


Mei Yong 僕から見ると、ライアンとバート、アティバは全くタイプが違う三人なんです。ライアンは典型的なアメリカ人ではなく、日本の文化や中国の文化をちゃんと学ぼうとするし、ただ知識として知るだけでなく、理解をしようとしている。だから僕に話す時も、スゴくゆっくり話してくれるんです。他のアメリカ人は、僕のことをアメリカ人みたいに普通のスピードで話すから、正直ついていくのが大変なんだけど(笑)。ライアンからは日本に対するリスペクトを感じるし、彼自身、日本とのつながり、特に日本のストリートウエア業界とのつながりは強いんです。一方で、アティバは典型的なアメリカ人で、パーティ・ガイ(笑)。彼の姿を見てると、僕も学ぶことが多いですよ。僕は視野が狭くなりがちだけど、彼は「地球は一つの国みたいなものだ」っていう感覚で動いてるから。そのスケール感が、正直スゴいと思いますね。


ライアン そうだね(笑)。


Mei Yong バートはタフガイで、ミリタリーガイ。バートは時々LAで僕を車に乗せてくれるんだけど、それが’70年代のパトカーみたいな車なんです。


ライアン ボウイングがエンジンを作っているから。一見すると、いかにも普通のアメリカの地味な車なんだけど、実は中身がスゴくて。バートは改造してさらに速く走れるようにしたから、ちょっと怖いよね(笑)。


Mei Yong 僕自身、ミリタリー系も好きだから、たまらなかった。それにバートはいつも射撃場に連れていってくれるんです。彼はいろんな銃を持っていて、それがかなり本格的で。そこで僕はDEFCONを知るわけです。僕にとっては新しい世界ですよ。この三人の組み合わせが、僕にとってはスゴく面白いんです。BRAVOと一緒に仕事をするのは、本当にストレスがなくて。ミスがあっても、説明すればすぐに修正できるし、「何でこんなことしたんだよ」みたいな責め方は一切ない。そうではなく、一緒にやっているという感覚がちゃんとあるんです。


ライアン 最初の生産と最初のプロセスには、本当に感動したね。Meiもデザイナーだからわかると思うけど、アイデアを詰めて、押し出して、最終的にそれがモノとして目の前に形となって現れる瞬間って、特別な体験なんだ。アティバとバートは、それまでちゃんとしたプロダクト制作に関わったことがなかったから、人の手でこうやってモノが作られるんだということ自体が新鮮だったんだと思う。「次のロットで直せばいいよね」みたいな感じで進めていたけど、正直、これがどれだけ特別で、どれだけスゴいことなのか、当人たちはまだわかってなかったと思う。全体の95%はできているから、大切なのは、最後の3%くらいの細かいディテールの話なんだ。二人が「え、こういう流れで作るの?」って戸惑ってるのを見るのは、正直ちょっと面白かったね。「これがプロダクト作りなんだよ」っていう、まさにみんなにとっての学びのプロセスのような現場になったから。


Mei Yong あと、LAの話で言うと、チキンとワッフルの店ですね。


ライアン Roscoe’sだ(笑)。最高のスポットだよ。


Mei Yong LAにいた時、ちょうど僕の誕生日で。アティバから、バースデー・ディナーに行こうって言われて。BRAVOのメンバーで、映画の『トレーニング デイ』に出てくるレストランに連れて行ってもらったこともあるね。三人全員と会うことは少ないんだけれどね。


ライアン そうだね。ある時、僕はニューハンプシャーにいて、その前はヴァーモントで、ウール工場で素材を探していた。そのヴァーモントで、アティバ、バートとZoom会議をしていたことがあって。「じゃあ、またね」って通話を切って、翌日DCで乗り継ぎのために全力で走って、汗だくでLA行きの飛行機に乗り込んだよ。それで席に座った瞬間、どこかで聞いたことのある声がして、横を見たら、同じ飛行機にアティバが乗ってたんだ(笑)。「え、何でここにいるの?」って、お互いになって。二人とも、自分の居場所を言ってなかったんだよね。その日は着陸してから、アティバのパーティ列車にそのまま乗っちゃったから、家に着いたのは深夜だったけど(笑)。


Mei Yong 何年か前にLAに行って、ライアンに電話をしたら、ゴルフをやらないか?って言われたことがあって。ライアンがゴルフをやるなんて聞いたことがなかったけど、「一緒に行くよ」って言ったんです。ライアンは、父親が持っていたヴィンテージカーで、ゴルフコースに連れていってくれましたね。しかも、ライアンはゴルフが上手かった。ああいう経験は、正直、想像もしてなかったから。


ライアン みんな一気にゴルフにハマって、盛り上がったよね。たまにその熱量が強すぎて、僕はちょっと一歩引いて見てるほうが好きなんだけど。


Mei Yong ライアンはいつも良くしてくれるんです。メキシコに撮影で行った時も、その後LAに戻ってきた日の夜に、日本食レストランを予約してくれて。10日間ずっとタコスだったから、日本食が恋しくなっているのをわかってくれていたんです(笑)。あれはめちゃくちゃうれしかったな。


BRAVOを結成した当時

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2015年、BRAVOのローンチパーティで来日した時

左から、アティバ・ジェファーソン、ライアン・ポッゼボン、バート・リクティ

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BRAVO


SiiiCK 今のBRAVOの動きは?


ライアン BRAVOは今年、新しいコレクションをリリースする予定だ。新しいパートナーも何社か入ってきてるし、昔から支えてくれている小売店との関係もさらに強化していく。アティバの2つ目のバッグのカラーバリエーションも出るよ。最初のモデルを出してからの第2弾だね。バッグにはサプライズの写真も付く予定だ。他のサプライズについてはまだ言えないけれど、まあ、ファミリーを広げていくみたいな感覚だね。僕たちのコミュニティの人たちの喜びにつながるように、細かいディテールまでちゃんと作り込んでいくつもりだ。


Mei Yong これが有名なカメラバッグです(と、バッグを見せる)。


ライアン このバッグの使い方の話なんだけど、普通のカメラバッグって外側から開くよね? でも外で使っていると、地面にバッグを置いた時にその面が汚れる。その状態で外側から開けると、中まで汚れるし、ストラップも汚れる。だから背中側から開く構造にしたんだよね。防犯にもなるし、誰かが勝手に開けて盗むのも防げるんだ。


Mei Yong アティバが使ってから、いろんなカメラマンが使うようになったんです。


ライアン 昔、スケーター仲間がツアー中にポケットをカミソリで切られて、中のものを全部盗まれたことがあって。それがきっかけとなって、「隠しポケットが必要だ」という発想が生まれたんだ。それが僕の最初のバッグ会社でやったことで。BRAVOでは、そういう細かいディテールをいろいろなバッグに持ち込んでいる。


Mei Yong BRAVOでギターケースを作った時、何故ギターケースなんだろう?って思ったけれど、あれは銃を入れるためのものなんだよね。


ライアン いや、ギターケースだよ。


Mei Yong バートはM16を入れてたから。


ライアン それはバートだけだよ(笑)。


Mei Yong そう言えば、ショーン・ステューシーの隣に住んでいるんだよね。


ライアン うちの父方の家系はイタリア系で、サンタバーバラに大きな牧場があって。ショーンの家は、隣なんだ。


Mei Yong ショーン・ステューシーのS/DOUBLEのシューズは、Vans Syndicateで作ったんだよね。


ライアン バートはショーンのことをUnion時代から知っていて。ショーンにVans Syndicateのシューズをやってもらおうなんて言い出したんだ。僕は「マジで?」みたいになって(笑)。それで、サンタバーバラにあるショーンのオフィスに行って、コンセプトをプレゼンしに行ったんだけど、ショーンが「メールを見たけど、おまえの名前の “Pozzebon” はトラクターの “Pozzebon” と同じか?」って言ってきて。いとこがトラクター会社をやっているから、「いとこのトラクターだ」って答えたんだ。そしたら、「ヤバいね! 今度、おまえの牧場に行くよ」って(笑)。隣に住んでいたから、いとこのトラックをよく見ていたみたいだ。


Mei Yong そういう特別な縁みたいなのってあるよね。


ライアン 結局、人との出会いなんだと思う。バートとの出会いもめちゃくちゃ大きかった。日本に行くきっかけもそうだし、彼が日本の友達を紹介してくれて、そこからつながりが広がっていった。ただ東京の街を歩いているだけじゃわからない、特別な日本の見え方を教えてくれたからね。


Mei Yong バートは’90年代終わりに、日本のブランドをアメリカのマーケットに紹介してきたんですよ。


ライアン バートはアンダーグラウンドな存在で、自分からは全然語らないタイプなんだ。でも彼が現れると、周りの空気が変わるのがわかるんだよ。「あ、バートが戻ってきた」みたいな感じで。


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新しいことを始めるということ


SiiiCK ライアンは23年間働いてきたVansを辞めて、新たなフェーズが始まったばかりですよね。Meiさんも、アメリカのブランドの代理店を辞めて、Liberaidersを立ち上げて、新たなフェーズが始まりました。新しいことを始めることについては、二人はどういう考えを持っていますか?


Mei Yong 僕がLiberatorsを始めたのは2017年で、49歳の時だったかな。だからタイミング的にもライアンと似ていると思うんです。ブランドを始めた時は正直、自信なんて全然なかったけど、「これ、何かになるかもしれない」という感覚だけはあったんです。自信はゼロだったけれど(笑)。でも、最初の展示会の時、お店の人、業界の人、友達が、想像以上にたくさん来てくれて。アイテムは20しかなかったんです。だから、めちゃくちゃサプライズだったんですよ。やっぱり、何か新しいことを始めるには、良いタイミングというものがあると思う。ある程度経験も積んで、人の気持ちをちゃんと考えられるようになって、人に優しくなれるようになってから始めるのなら、特にそうだと思うんです。


ライアン 僕にとっても学びの多い経験だね。周りが僕のことを応援してくれているのがちゃんと伝わってくるし、僕がワクワクしてることに周りもワクワクしてくれる。スゴく特別な感覚になるんだよね。


Mei Yong ライアンの次の動きは?


ライアン 数ヶ月のうちに新しいプロジェクトを発表する予定なんだけど、「You & I Radio」っていう、新しいクリエイティヴ&プロダクトデザインのエージェンシーを立ち上げるんだ。「You & I」というのは、他の人たちとのクリエイションを通じて、プロダクトを一緒に作ることで、「Radio」というのは、ラジオのように、プロダクトや情報を世界に発信していくというコンセプトだ。これにはラジオ的な要素もあって、友達を呼んで、彼らが普段聴いてるものをシェアしてもらおうと思っている。僕が他の友達や新しい仲間と一緒にやってるプロジェクト、新しい取り組みもそこから発信していくつもりだ。


Mei Yong ライアンのことは自分のことのようにうれしいですよ。今も昔も忙しいのは変わらないけど、今のライアンは何か表情がいいんだよね。だから新しい動きもスゴい楽しみにしている。



ニュートロン/Liberaiders

TEL: 03-5785-4672

https://www.liberaiders.jp

https://www.liberaiders-store.jp

Instagram: @liberaiders

YouTube: @liberaiders2036


Rian Pozzebon

https://bravocoworldwide.com

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