スニーカーブームが日本で加熱する以前、80年代の終わりよりスニーカーカルチャー最前線で活動を続ける今井タカシ。アトモスのディレクター職を経て世に送り出した自身のブランド「MADFOOT!」は、ストリートの枠を超えて幅広い層に支持され、一世を風靡した。9年ほど前にランニングにハマりだし、現在は自己表現やライフスタイルの一部としてのランカルチャーを創造するショップ「TYCOON running」のディレクターをつとめている。同ショップは、今井のセンスと経験値で選び抜かれたストリート感覚と機能性を兼ね備えた国内外のランニングギアを取り扱い、大型店のランニングコーナーと一線を画するラインナップが話題となっている。35年に渡るスニーカーとの関わり、そして、今後の展望について話を聞いた。
Interview: Akko Matsuda
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小学生の時からスニーカー好き
SiiiCK スニーカー好きはいつからですか? 何がきっかけだったのですか?
今井タカシ きっかけは、小学生の時。PUMAのSMライダーっていうスニーカーがあって、それが小学生ながらかっこよく見えたので自分で買って、それ以来スニーカーにどっぷりハマった感じかな。
SiiiCK その後の中高校生の時の話も聞きたいのですが、かなり長くなりそうなので、一気にカネオカ時代に飛ばせていただきます(笑)。上野のカネオカはいつからいつまで在籍したのですか? その頃ブームになったスニーカー、思い出のスニーカーは?
今井タカシ カネオカにいたのは、89年から95年くらいまで。ちょうどアディダスがフランスでスーパースターとかを作っていた時代で、まだMade In Franceのスーパースターが意外と残ってて。最後のフランス製として、当時は人気があったんだよね。その後、アディダスの工場が中国に移って、見た目が悪くなっちゃったから。
SiiiCK 他にはありますか?
今井タカシ あとは、ジョーダン4と5かな。『Do The Right Thing』(1990年 日本公開)でスパイク・リーがジョーダン4を履いてて、そのタイミングで盛り上がった。その後のジョーダン5の時代は、アメリカでスニーカー欲しさで人を殺してしまった事件があったんだよね。80年代後半から90年代前半にかけてはアディダスの影響が大きかったんだけど、それ以降はジョーダンでナイキ人気が一気に加熱したって感じ。

LAでのスニーカーの買い付け。1992年カネオカ勤務時代

当時雑誌Fineのファッションページによく登場。1992年、GAS BOYSのUESUGIと

90年代に活動していたヒップホップユニット、GAS BOYS
MADFOOT!をはじめた頃は何も知らなくて騙されたことも
SiiiCK では、その後に日本のスニーカーブームが到来?
今井タカシ そうだね。95年にAIR MAXが出た頃に日本で一気に加熱した感じ。その頃は、僕はもうカネオカを辞めてた。
SiiiCK カネオカのあとはミタスニーカーですか?
今井タカシ いや、その前に江古田にあるクロフネヤ。クロフネヤは元々古着屋だったんだけど、当時スニーカーの勢いがすごかったから、スニーカーを売った方がいいんじゃないかって提案して。アメリカに行って買い付けしたら何でも売れてた時代だったから。ナイキのACGのウエアとかもね。95年以降はNYヒップホップファッションが流行って、ノーチカとかトミーフィルフィガーとかヘリーハンセンとかの大きいサイズのナイロンジャケットとダブダブのパンツと合わせるみたいな。でも、そのブームも97年くらいには下火になって…。
SiiiCK 自身のブランド、MADFOOT!を始めたのはいつですか?
今井タカシ クロフネヤのあとはミタスニーカーに移って、2000年からアトモスで働くようになって、それで、2001年にMADFOOT!をHECTICの真柄君と立ち上げて、アトモスとヘックティックのみで販売してた。
SiiiCK MADFOOT!時代はいろいろあったと思いますが、大変だったことは?
今井タカシ 靴作りについては全くの素人だったから、知っている人に頼むしかなくて、何度か騙されたこともあって…。そもそもちゃんとした工場は最低ロットが大きくて、ロットが小さくても作れるところは、スニーカーの顔をしたスニーカーじゃないシューズになっちゃうの。最初は小さい工場にお願いしていたんだけど、自分の思っているようなものは作れなくて、それっぽい見た目のものはできるんだけど、縫製とかソールの硬さや素材といった中の構造が全然大手とは違ってた。発注数が増えてきたら、いい工場を見つけることができて、最盛期は年間20万足くらい作ってたね。大変だったけど、自分が望むようなシューズが作れたから、楽しかったよ。
SiiiCK MADFOOT!は伊藤忠が買収したんですよね?
今井タカシ そう。そのあと、伊藤忠がイオンに売った。

MADFOOT!でリリースした数々のスニーカーたちと

MADFOOT!のエチオピアでの撮影の一コマ
今のランニングウェアってカッコイイ
SiiiCK ランにハマったのはいつ頃からですか?
今井タカシ 2016年くらいかな。当時、マッシュっていう会社にいて、そこでヨガの仕事なんかも手伝ってて、身体のことに気をつけなきゃいけないのかなって思うようになって。タバコもやめたかったし。そんな時にアディダスの人に皇居1周のランに誘われて、アディダスのアパレルとシューズ一式もらって走ったら、今のウェアってかっこいいんだなって思って。中学の頃陸上部で足は早かったんだけど、ウェアがダサくて嫌でいい印象がなかったんだけど、なんだ、かっこいいじゃん! って。ちょっと走ったら面白くなって、タバコもやめて、そうこうしているうちにハマって大会とかも出るようになった。
SiiiCK 一人でストイックに走る感じですかね?
今井タカシ そう。一人でやってると練習の仕方もよくわからないし、ストイックにやってもあんまり続かないなって思ってた時に、On Japanまわりとかのランコミュニティに参加するようになった。みんなと走るようになったら、それはそれで楽しくて。そのうち自分でも、アトモス・ランニングクラブっていうコミュニティを作るようになったり。

ランニングを楽しみながら交流を深めるソーシャルランを毎週水曜日の夜に開催
既存のスニーカービジネスは面白くないし飽きた
SiiiCK そこから、2023年に新宿にオープンさせたランニングカルチャーショップ、「downbeat RUNNING」のプロジェクトにつながっていったんですね。
今井タカシ そうだね。誰かが作ったものの色を変えて別注作ってプロモーションして売るっていう、いわゆるスニーカービジネスに飽きてきてて。面白くねーなと。とはいえ、ずっとスニーカーのことしかやってきてなかったし。ランニングシューズって、シーズンごとにメーカーが自分たちの持っている技術力を集結させて作るわけ。テクノロジーの最先端のギアを走って確かめられるって、すごい楽しいなって思って。カーボンが入ったら、1Kmで15秒くらい走るペースが変わるの。それが面白くてハマりだして。結局、歩くのも楽で普段もランニングシューズばかりになった。それで、デイリーで履くのもこれからランニングシューズがきそうだなって思ったのと、コロナが終わってインバウンドの人たちの間でHOKAやOnが爆発しだしたのもあって。あとは、フットロッカーとかの大手でもジョーダンとかAIR FORCE 1とかが売れなくなって、シューズのセレクトがランニングシューズに寄っていくっていう世の中の流れもあって、ランニングショップでもいけるのではと思って、満を持して2023年の9月にオープンしたわけ。
SiiiCK 3月に渋谷のPARCOに新しいランニングカルチャーショップ、「TYCOON running(タイクーンランニング)」のPOP UP SHOPをオープンして、5月16日にスペイン坂に路面店がオープンしましたが、渋谷という街からランニングカルチャーを発信することは、どんな意味がありますか?
今井タカシ 僕がやろうとしていたランニングカルチャーだと、渋谷の方が表現しやすいっていうのがあるかな。地域にいる人の属性でいうと、圧倒的に新宿より渋谷の方がオシャレだし。あとは、代々木公園が近くにあるから、街に結構ランナーがいるので。

オリジナルTシャツを着用してみんなで渋谷と代々木の街を駆け抜ける
いずれはランがあったり食があったりする小さなフェスを開催したい
SiiiCK 「TYCOON running」という店名に込めた想いは?
今井タカシ TYCOONは日本語の「大君」で、江戸時代にペリーが来航した時に徳川将軍家が自らを称するのに使ったのが由来の言葉で、今だとビジネス的に成功した人間だったり、権力者みたいな意味があるんだ。自分は80年代の黎明期の頃のヒップホップに影響を受けていて、自分自身を大きく見せるみたいなカルチャーが好きだったから、そういうのを復活させたいなと。あと、お客さんの立場から見た時に、権威あるお店みたいな見え方がするんじゃないかなと。ここで買えば間違いないって思ってもらえればと。
SiiiCK TYCOON runningではどんなスニーカー、アパレルを取り揃えているのですか? 取り扱っているブランドのひとつ、Satisfyのインスタがオシャレでびっくりしました。
今井タカシ そう、ああいう感じの超ファッションに寄せたランニングギアが主流になりはじめてきてる。それをもっと日本に定着させていきたいなと。うちでは、海外のブランドのスニーカーだと、On、HOKA、SALOMON、BROOKS、日本のブランドは、MIZUNO、YONEXとか。アパレルは、SATISFY、District Vision、Minor Planet New York、CHANCE。国内のガレージブランドのTANUKIやMOUNTAIN MARTIAL ARTS、BUDOなんかも取り扱ってる。日本のブランドは小さいながらもこだわりを持って作っていて、作っている人たちのことも知っているブランド。

TYCOON runningのソーシャルランをオーガナイズしているAKIさん
SiiiCK カルチャーを発信して、コミュニティを作っていくために具体的にしていることは?
今井タカシ コミュニティに関しては、毎週水曜日にソーシャルランをやっていて、それは引き続き行っていくのだけど、もっと積極的にイベントを増やしたい。例えば、週末の午前中にメーカーとタイアップしてトライアルシューズを借りて、みんなで走ってどこかにコーヒー飲みに行ったり、ランチ食いに行ったりとか。あとは、箱根とか山梨に合宿にも行きたいなと。コミュニティは僕たちにとって重要になっていくから、そこも力を入れたい。
SiiiCK 今井さんの描く、理想のランニングコミュニティはどんな感じでしょう?
今井タカシ 走るって意外とハードル高いと思うから、ウォーキングとかも取り入れたり、幅広いウェルネスの活動を通して繋がりを持てるようなことができればいいなと思っているのと、将来的には自分で大会の運営をしてみたい。コンペティションの大会というより、走りやウォーキングのワークショップがあったり、食があったり、みんながゆるゆるつながる小さなフェスみたいなのができれば面白いなと!
今井タカシ 略歴

1990年代前半にヒップホップユニットGAS BOYSを結成し、ラッパーとしてメジャーデビューを果たした、異色の経歴を持つシューズクリエイター。1989年から上野アメ横「カネオカ」、江古田「KUROFUNEYA」、ミタスニーカーズなど、シューズショップを渡り歩き、2000年には原宿 「atmos」の立ち上げに参画し、ショップマネージャーとして活躍。2001年、自らのスニーカーブランド「MADFOOT!」を設立。2012年には「TIMAI」設立。2017年にatmosに再度参画し、On、HOKAなどのブランドをスニーカーシーンに定着させる。2025年3月よりTYCOON runningのディレクターに就任。
【TYCOON running 店舗情報】
店名:TYCOON running(タイクーンランニング)

住所:東京都渋谷区宇田川町13-17 ライズビルB1F
Web:https://www.tycoonrunning.com/
Instagram:@tycoonrunning
■ライター プロフィール
AKKO MATSUDA(松田敦子)
現代瞑想家 / 禅療法士 / PR / ライター
大学時代からFine編集部にて編集スタッフとして働いたのち、NYに5年半滞在。帰国後はライター、翻訳業、海外アーティストやDJの招聘、アパレルやイベントのPRなどを行う。Fine編集時代からヨガ、そして、2014年からマインドフルネス瞑想と坐禅の実践を続け、瞑想アプリや早朝のクラブやキャンプ場でのウェルネス・イベントのプロデュースを手がける。
SiiiCKライターアカウント:
SiiiCK Official
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