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【連載】山嵐 様々なジャンルのクリエイターとともに音楽とカルチャーを語るスペシャル対談 VOL.3:HAN-KUN

2025年12月24日、山嵐が実に9年ぶりとなるニューアルバム『スペースフラワー』をリリースした。

1996年結成の山嵐は、USのニューメタル・ムーブメントに先駆けて異ジャンルを融合した独自の音楽性を打ち出し、日本におけるミクスチャー・シーンを代表する存在として確固たる地位を築いてきた。

最新作『スペースフラワー』を聴いて改めて驚かされるのは、山嵐が今なお進化を続けているという事実だ。

SiiiCKでは本連載を通して、山嵐を愛する様々なジャンルのクリエイターと山嵐のメンバーとの対談を紹介していく。

第3回目のゲストは、ダンスホール・レゲエ Dee Jayであり、湘南乃風のメンバーのHAN-KUN。

HAN-KUNと山嵐のKAI_SHiNEは、30年来の旧友。同じ湘南・鎌倉が地元で、10代の頃から独自にカルチャーを分析しながらも、新たなものを作り出そうとしてきた同志である。

HAN-KUNは、2003年に湘南乃風としてデビュー。デビュー後にもソロ・アクトとして活動を続け、2008年にソロとしてのアルバム・デビューを果たしている。2025年には8thアルバム『VOICE MAGICIAN VI ~THE SIXTH SENSE~』をリリース。唯一無二の歌声から「VOICE MAGICIAN」の異名を持ち、精力的に活動中。

一方、KAI_SHiNEは、バンドTHC!!でヴォーカルを務め、DJ、レゲエのセレクター、和太鼓など、幅広く活動を続ける中、2015年に山嵐にMaschine担当として、正式加入を果たした。

KAI_SHiNEのこれまでの活動である、和太鼓、DJ、イベント、THC‼、山嵐と、すべてにおいて、HAN-KUNはそれぞれ共演もしてきた共闘者だという。

今回は、KAI_SHiNEとHAN-KUNの二人の対談を紹介。



左から、HAN-KUN、KAI_SHiNE


Photography: Jesse Kojima



音楽のバックグラウンド


SiiiCK 二人の一番最初の出会いはどこだったのですか?


HAN-KUN たぶんストリートですれ違いつつ、ちゃんと顔を合わせたのはイベントごとで。音楽を通してというのが最初だったと思います。


KAI_SHiNE 高校の頃に、僕はパーティを手伝う側にいたんですね。HAN-KUNは地元のダンス・シーンにいて。


HAN-KUN ヒップホップからダンスに入って、ハウスの方に行って。それを楽しんでる時に声をかけてもらいました。


KAI_SHiNE そのうちに僕たちの地元の先輩たちがやってた、ダブ・ミックステープの走りみたいな『OUUTLAW』というテープがあって。そこにHAN-KUNが音源で参加し始めたんですよ。テープを車の中でガチャっとかけた時に、「あいつが歌ってる。スゲエじゃん」と思って。そこからどんどん仲良くなっていったんですよね。


HAN-KUN そのテープがあって、KAIが僕に声かけてくれて。彼のイベントに出させてもらったのが、一番距離が縮まった瞬間かもしれない。


SiiiCK 音楽の入り口はどこだったのですか?


HAN-KUN 中学校のキャンプファイヤーの後夜祭みたいなのに、同級生がいきなり出てきて、踊り出したことがあって。それがめちゃくちゃカッコ良かったんですよ。「いつも一緒にいるのに、何で誘ってくれなかったの? 俺も混ぜてよ」って言って。そこで彼らが踊ってたヒップホップの曲をいろいろ聴いていくうちに、洋楽を聴くようになったのが大きかったですね。その時に一緒にダンスをやってた仲間の彼女が車の免許を取って、その子の車で134を走ることがあって。その子が流してた自作のミックステープが超カッコ良くて。「これ何なの?」って言ったら、「これレゲエだよ」って。そこがレゲエの始まりになりましたね。ヒップホップ、ハウスを踊ってたんですけど、聴く音楽がどんどんレゲエに変わっていって。7インチの裏を見ると、インストゥルメンタル……レゲエで言うバージョンが入ってたので、それを聴きながら、誰に聴かせるわけでもなく歌詞を自分で書き始めたんです。さっきの『OUUTLAW』の話になるんですけど、テープを作ってた方が、「おまえ歌ってるんだろ」って。人前で歌ったことがないし、歌うと言っても1行とか2行のレベルだったけど、「歌ってます」って言って(笑)。


KAI_SHiNE まあ振り返れば、田舎のカルチャーの始まりだったから、明らかなキャスト不足というのもあったんですよ(笑)。そこでHAN-KUNに白羽の矢が立って。


SiiiCK 一方で、パーティを手伝う側になった経緯は?


KAI_SHiNE 僕は入り口が最初からめちゃくちゃで。小学校5年の時、一番最初に自分で始めた楽器は和太鼓なんですよ。同時期に、大病して入院した時に、同じ病室にいたお兄ちゃんから、X JAPANを教えてもらって、hideさんにハマって。でも、何かそれが自分の中で勝手に共通項になったんですよね。そのまま中学で軽音楽部に入って、メタリカ、メガデスとか、洋楽のバンドに傾倒していったんですけど、それこそHAN-KUNと一緒で、地元には湘南という文化の流れで、サーファー系のイベントではレゲエもテクノも流れてるし、いろんな音楽がかかるんです。その中で、R&Bとか、逆にトランスだったりと、世界のいろんなビートに興味を持ったり、クラブでかかるビースティ・ボーイズやオフスプリングに喰らったり……そういったものたちがいまだに渦巻いてる感じはありますね。



湘南のミクスチャー・カルチャー


SiiiCK そもそも、湘南自体がミクスチャーのカルチャーですからね。


HAN-KUN だから本当に、俺たちのカルチャーはすべてを通してミクスチャーな気がする。クラブで知り合う先輩も、ジャンルで出会ってないもんね。山嵐のメンバーとは、レゲエのクラブで初めて会ったんですよ。「スゴい刺青いっぱいの人が来た」、「山嵐もレゲエのクラブに来るんだ?」と思って。


KAI_SHiNE 僕と山嵐メンバーの出会いは、僕ら世代で言う、いわゆる “パー券” 的なことだよ(笑)。


HAN-KUN そういうことだよね。シーンの始まりだね。


KAI_SHiNE 僕もいろんな街に行くようになって、後で気づいたんですけど、湘南の混ざり方って特殊なんですよ。


HAN-KUN でも、仲間というイメージはあるね。


KAI_SHiNE それで、20代近くになって、僕がイベントを起こして、HAN-KUNたちにも出てもらうことになって。当時、ラバダブとかサウンドが珍しい頃だったので、東京にそのイベントをパッケージごと持っていってやっても、「何やってんの、この人たち?」という感じで。12時を過ぎたら絶対にヒップホップのいいところがかかってなきゃいけないところに、僕が湘南のレゲエ勢をボンと当てたら、渋谷のお客さんが帰っちゃうみたいな(笑)。「何でもありなの、俺たちだけなんだ?!」というのに、ものスゴい気づきましたね。じゃあそれを逆手にとって、湘南の面白いアイテム、カルチャー、アーティストを、どうやって見せたらおもろいかなって考えて。「湘南殴り込みナイト」みたいな感じで、当時東京で主流だったクラブにイベントを持っていって。真ん中の時間で彼らのラバダブをやっていくうちに、「俺も歌いたい」という人が増えてきて。その時間帯が盛り上がるというのが生まれましたね。僕は僕で、バンドも生楽器も好きで、DJをやる時に、モトリー・クルーとかメタリカをかけて、マジで引かれることもありました(笑)。


HAN-KUN 好きなものをかけてたから、ミクスチャーを地で行ってたんだね(笑)。


SiiiCK 湘南乃風は、最初にミックステープが現場で評判になって支持を集めていったと思うのですが、どのような形で広まっていったのですか?


HAN-KUN 僕たちのグループのメンバーはそれぞれソロでやってて、エリアもそれぞれでやってたんです。例えば俺が呼ばれたら、他のメンバーが来て、自分の時間に乱入して。逆もしかりで。やっていくうちに、だったら、パッケージで呼ばれる形を作ってみようかってなって。そもそも、KAIもパッケージで呼んでくれてたんですよ。ただ、ソロという意識がみんなあるから、グループになるという意識は全くなくて。ジャマイカに渡って知り合った先輩たちの知恵を借りて、旗を振ってくれてた若旦那が、「俺たちもミックステープを作ろうよ」という声がけをしてくれて。マスター1個入れて、3つ同時にレコーディングできるヤツを、みんなで寝ないでずっと待って作ってましたね。それで、今はいないメンバーのターンになった時、各所に届けた後、次の日からスゴいクレームが来て。「片っぽからしか音が出ないってクレームが超来てるんだけど」って言われて、回収することになって。そこからは業者に頼もうってなりました(笑)。


KAI_SHiNE テープを作った「134RECORDINGS」というレーベルの名前で、まとめて呼んでもらおうって言ってたんだよね。その時、自分はHAN-KUNが振ってくれたので、ライヴのセレクターをやってたんですよ。


HAN-KUN 初期のテープのツアーを先輩たちの力を借りてやった時は、KAIの車にみんなで乗り込んで、全国を回ったんです。だから、KAIは初期メンバーですよ。グループになる前の。


KAI_SHiNE 僕らの界隈のブラックミュージック好きの人たちでは、ツアーをやろうなんて誰も考えてなかった時期ですよ。僕はバンドも好きだから、「スタジオでリハやろうよ」、「車でツアー行こうよ」とか、好き放題に言ってたんです。彼らはおもろいと思ってくれたことを受け入れてくれて。それで全国を回って、地方の友達の家に全員で泊めてもらって、拠点にしてました。


HAN-KUN 各エリアのご実家にお邪魔したからね。今、普通に謝りたい(笑)。


KAI_SHiNE 134RECORDINGSの名前で出した、1作目のテープの名前が『湘南の風』なんですよ。そのテープ・ツアーの時に、レーベルの名前でステージに呼んでもらうはずが、MCの人が適当に、「じゃあ次は、神奈川から来た湘南の風!」って呼ぶようになっちゃったんですよ。


HAN-KUN そうやって呼んでるのにも関わらず、フライヤーには「FROM 横浜」って書いてあった(笑)。それもあって、絶対いつかはフライヤーに「FROM 湘南」って書いてもらうんだ、というのが一つの目標になって。そこまで認知されたいというきっかけにはなりましたね。


SiiiCK それが湘南乃風というグループ名になったきっかけですか?


HAN-KUN それでやり続けて、メジャーデビューさせてもらうんですけど。それでもさっき話したように、僕たちはソロアーティストのまま行こうとしてて。4人の曲は1曲もなかったんです。マネージャーの方に、「みんなで歌ったらどう?」って言われても、「いいでしょ。俺らはみんなで歌う必要ないでしょ」みたいな。それでも、「一回ぐらいやってみなよ」、「じゃあやってみる?」ってなって、作った曲があって。それがメジャーデビューのアルバムの1曲目に入ってる「Wild Speed」なんです。その曲のおかげで、4人でまあやってみようかってなって。それに当たって、アルバムのタイトルをつけなきゃいけなくて。「せっかくだったら、グループになっちゃえば?」みたいな感じで、ふわっふわっと始まって。「湘南の風はわかりやすかったじゃん」、「絶対にないでしょ」みたいな。でも、「湘南の風」の「の」はせめて漢字にさせてよっていうので、漢字にして、「湘南乃風」になった、それだけの話なんですよ。誰かに人知れず呼ばれて、誰かに人知れずつけろと言われて。本人たちの意識はうっすらしかないというか。今となってはありがたい名前ですけど(笑)。


KAI_SHiNEが着用するアイウエアは、HAN-KUNのソロ15周年の際に作られた、BLACK FLYSとのスペシャルコラボ。FLY SILASをベースにした、通称 "シラス FLY"。日本のアーティスト名が刻印されたBLACK FLYSコラボモデルとしては、HAN-KUNが2人目

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山嵐とのコラボレーション


SiiiCK 湘南乃風は2003年のメジャーデビューですが、同じ年に山嵐の「足跡 featuring 湘南乃風」に客演参加していますよね。


HAN-KUN それもあって、まさに縁をいただいた感じですね。


KAI_SHiNE フィーチャリングっていう、当時のバンドがあまりやってなかった形を山嵐が体現してた時期で。湘南乃風がグループになって、湘南のグループだったらということになって。山嵐の流れで言うと、MOOMIN先輩との曲があったし、ちょうどいいタイミングだったんでしょうね。僕はびっくりしましたけど。


HAN-KUN もちろん大先輩ですけど、カルチャーでつながった延長で僕たちも音楽をやり始めたから。純粋に受け入れてくれて、胸を貸してくれたのかなという感じもありましたね。


KAI_SHiNE 2000年代初頭に僕がやってたイベントで、僕のやってたバンドTHC!!と湘南乃風、そこに山嵐が並んだことがあったよね。「足跡」は去年、22年振りにやったんですよ。湘南乃風が誘ってくれて、湘南乃風と山嵐で、横浜でツーマンをやったんです。


HAN-KUN 普段はDJでライヴをやるから、ああいうバンドセッションができたのも純粋に楽しかった。かつ、山嵐のあのビート感で、しかも22年前の曲……震えるじゃん。


KAI_SHiNE リハーサルもなしだったから、セッション感もあったし。僕自身は当時は音を入れてないので、音を足すということも含めて、ドンとやった感じも良かった。


HAN-KUN ヴァイブスも良かったね。当時、自分たちは1stシングルで『応援歌/風』を初めて出させてもらった時に、そこに入ってる「Wild Speed」の山嵐リミックスを制作してもらったんですよ。大阪のBAYSIDE Jennyでやった時に、山嵐の出番で、ステージ上で「Wild Speed」と「足跡」をやったのはスゴい覚えてる。しかもあれはジャンルをまたいだイベントだったから、そういうのも面白かった。


KAI_SHiNE 不思議なことに、僕は山嵐のメンバーでも、湘南乃風のメンバーでもないのに、そこにいたんだよね(笑)。


HAN-KUN 本当に、フッ軽だよね(笑)。


KAI_SHiNE あと、湘南乃風の2ndアルバムの曲「Rockin’ Wild」のオケの原型は、134RECORDINGS の2ndテープ『Bubble Gum Brand』制作時にHAN-KUNと作成したオケが元で、さらに湘南乃風の3rdシングルでは、その曲を10-FEETがリミックスしてますね。その流れから、20年ほど前の横浜ベイボールでのイベントで、10-FEETのライヴ中に、10FEET × 湘南乃風に僕がギターで参加して、この曲を演奏したことがあります。


SiiiCK 2011年には、二人で山嵐の「LINK UP feat. HAN-KUN & KAI-SHINE」に客演参加していますよね。まだKAI_SHiNEが山嵐加入前のことですよね。


KAI_SHiNE 山嵐がいつもレコーディングしてた藤沢のスタジオに、レコーディングに入って。HAN-KUNが呼ばれたところに俺がいたんだっけ?


HAN-KUN 一回プリプロのリハをやって、いつも通り、その場で一緒になって考えて。ああしよう、こうしようってやって。アレンジをしてる時にKAIもいたので、コーラスの相談をして。たぶん武史くんが「やっちゃおうよ」って言って、その場でヴァースを書いた、そんな感じだったと思う(笑)。


KAI_SHiNE 「いいじゃん。一緒に歌っちゃえば」みたいな感じでやったんだよ。


HAN-KUN それで、レコーディングで都内に行くんだけど、俺ら三人、湘南勢は全員ビーサンだったんだよね。湘南は県をまたいで外に行く時に、礼儀としてビーサンを履くから(笑)。


KAI_SHiNE 当時の僕はまだ正式メンバーじゃなかったけど、一緒に活動はしてたんですよ。2011年から2012年にかけて、般若の渋谷公会堂のワンマンがあった時に、山嵐にバックバンドをやってほしいというオファーがあって、何故か僕はそのリハの時にたまたまいて。「バンドだけだとあれだから、サンプル足したら面白くないですか?」って言ったら、「じゃ、おまえやってよ」ってなって。その時から僕は山嵐にサンプラーで参加し始めたんです。だから、ちょうどそれをやってる頃だったんですよね。


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山嵐に正式加入したKAI_SHiNE


SiiiCK それで、2015年に山嵐に正式加入となったわけですね。


KAI_SHiNE 2015年はアルバム『RED ROCK』を作った年で、それを加入年にしてるだけで。 その間に「山嵐 with」みたいなシリーズがいくつかあったんですよ。般若の後に、ZeebraさんのSUMMER BOMBをきっかけに、山嵐とOZROSAURUSのセッションがあって。「サンプルがあった方がいいから、KAI、そのままやろうよ」って言って、OZROSAURUSの時も参加して。その流れで、妄走族がファイナル・ライヴをUNITでやるのに、山嵐にやってほしいというオファーがあって。「妄走族こそサンプラーでしょ」って言って。その流れでそのまま、「アルバム、レコーディングするからさ。KAI、やるっしょ」って言われて一緒に作ったのが、『RED ROCK』なんですよね。


SiiiCK 彼が山嵐のメンバーになった時、どう思いました?


HAN-KUN 全く違和感がなかったのは面白かったですね。「いたっしょ」と思えたし、実際にいたし。「入っちゃえば」、「入っちゃうんじゃないの?」のグラデーションの時に話した内容も覚えてますね。


KAI_SHiNE 「スゴく自然にやるっしょって言われたんだけど、どう思う?」って話は、HAN-KUNにしかしてないと思う(笑)。


SiiiCK 自分が山嵐に入ることで、こうしたいというのはありました?


KAI_SHiNE ありましたね。地元付き合いでメンバーのことは10代の頃から知ってたので、逆に言うと近すぎて。その分、別の視点というか、ある種俯瞰で山嵐を見るところがあったのかもしれないですね。僕が入ることでもっと「らしさ」を足せるなと思ったんですよ。僕らはミクスチャーというのを、日本発のジャンルにしたいなと思ってるところがあって。「ラップ・プラス・歪み」がミクスチャーかって言われると、全然そうは思ってなくて。自分たちが育った湘南にいろんなカルチャーがあって、そのまま自然に混ざって、ガラガラポンで生まれてきたものこそミクスチャーだなと思ってて。海外のバンドと対バンした時に、「ミクスチャーって、自分たちで名乗ってるのって、おまえらぐらいだぜ」って、言われたんですよ。元々、僕にとっては混ざってることが自然だから、HAN-KUNにも話したんですけど、彼らほどジャマイカのカルチャー一本を愛すようなことは、僕にはできないなと思ったんです。それが湘南乃風のセレクターから僕が自分のバンドに完全にシフトするって決めた時で。彼らのメジャーデビューのタイミングでもあったんです。HAN-KUNは自分のレゲエを突き詰めていきたいという思いもあったし。良くも悪くも、そこは一個の分岐点であったからこそ、僕はずっとそのままでいたいと思ったし、ミクスチャーというものをどうやったら体現できるかというのが、自分の中のテーマでもあったんです。だから、地元湘南の山嵐というバンドに対しても、何か付加価値をつけられるんだっていう、何か漠然とした自信はあったんですよね。自分のこのめちゃくちゃな視野が、何かを起こせるというか。


SiiiCK HAN-KUNは湘南乃風とソロでは違うアプローチでレゲエの追求をしていると思うのですが、それぞれの活動でどのようなことを考えてきましたか?


HAN-KUN 今のKAIの話をつなげると、自分のレゲエ道を貫き通すというのが、今も走り続けてるソロだとしたら、図らずも湘南乃風は湘南特有のミクスチャーになったのかなと思って。もちろんグループ内での目的もあるし、俺はレゲエを広めたいけど、他のメンバーは湘南乃風を広めたいというのもあるだろうし。どっちも音楽だし、俺もメンバーも同じグループで湘南乃風を広げていくというのは、スゴく意義のあることだと思ったんですよ。結果、それが広がっていけばレゲエを知ってもらうきっかけになると思えたので。それで、グループを続けつつ、その傍らで自分のレゲエ道を追求してきたというのはありますね。


SiiiCK ソロの『Musical Ambassador』のシリーズで日本の曲のカバーを歌っていますよね。日本人だからできることをやろうとしているのかなと思いました。


HAN-KUN ジャマイカのレゲエも、昔のシンガーはR&Bとかのカバーをよくやってたんですよ。レゲエはめちゃカバー文化なので。


KAI_SHiNE ’90年代に、HAN-KUNとよく地元のレコード屋に行って、レコードを掘ってたんですよ。その時に、ミスター・ビッグの「Wide World」のレゲエ・カバーがあったり、いろいろロックも入ってたので、自分の曲をレゲエでカバーしてもらいたいというのも、夢の一個になったんです。当時、ノー・ダウトがバウンティ・キラーをフィーチャリングした「Hey Baby」という曲があって。それもHAN-KUNと一緒に見つけたんですよ。


HAN-KUN バウンティ・キラーが2分半ぐらいから出てくるから、そこまで体育座りして待ってたよね(笑)。


KAI_SHiNE ちなみに、このノー・ダウトの12インチを買ったのは、我らが現CAFFEINE BOMB RECORDS代表の森くん(MOPPY)が当時に働いていた藤沢のCDショップ、タハラで。実はこの頃に、僕とHAN-KUNと森くんとで会話をしてます (笑)。


SCORY KOVITCH x STANISKI x KAF MALBAR x HAN-KUN - 🇷🇪 × 🇯🇵 MON GATÉ (REMIX)



アルバム『スペースフラワー』、今後の展開


SiiiCK 山嵐は去年、9年振りのアルバム『スペースフラワー』を出しましたが、制作にはどう臨みました?


KAI_SHiNE 僕としては、2016年の『RED ROCK』から、過去曲を録り直した『極上音楽集』を経てるので、久しぶりのニューアルバムになりますね。自分の中では、やっと山嵐のメンバー、山嵐のパーツとしての1枚目のアルバムを作れたような感覚があります。


HAN-KUN そこは聞きたかったところだね。どういう感じだったの?


KAI_SHiNE 『RED ROCK』の制作の時は、良くも悪くも、それまでの山嵐メンバーが持ってた、「打ち込みの音があるんだったら、こういうことをやってみたかった」とか、「こういうのがあったら面白そう」みたいなことを中心に、切り開いていく作業というか、お互いに試行錯誤の1枚目だったと思ってて。『極上音楽集』では、過去の曲に僕の音を足して、新しいサウンドにしていくという作業になって。そこを挟んだ上で、今の山嵐が作れる音というものを理解して、制作に入れたアルバムだったので。今回は立ち上がる時からちゃんと山嵐の一員として、より一緒に作れたというのが大きいですね。それに、山嵐はライヴ・バンドだし、ライヴでカッコ良くできるところまでを、一緒にイメージして作れたアルバムになったので。今はツアーをめちゃくちゃ楽しんでやってるところですね。


HAN-KUN KAIがいろいろ携わった作品の中でも、一番血が通ってる感じはするよね。


KAI_SHiNE 10年かかったけど、一番血が通ったところにやっと来れたかな。それに、ちゃんと現役でありたいというのはやっぱりあったので。


HAN-KUN そこは自ずとそうなったの?


KAI_SHiNE やっぱり山嵐の音楽は踊らせたい、バウンスするロックでありたい、みたいなところをメンバーで再共有できたのが大きかったかな。


HAN-KUN そう考えると、そこの時間があったのは良かったのかもね。


KAI_SHiNE そうだね。ジャンル感がどうのこうのじゃないよね。「じゃあ自分たちで何をする?」、「自分たちはミクスチャーで何を表現する?」。それに対して、「俺たちはバウンス・ミュージックでありたい」って、思い直したところで作れたっていうのは大きかった。HAN-KUNのこれからの展開は?


HAN-KUN ジャパンメイドのレゲエを、少しでも多くの人に聴いてもらえるように動けたらいいなって感じだね。


SiiiCK 二人で何かやる予定はありますか? 2025年に『ヒプノシスマイク –Division Rap Battle-』の劇中曲「Choice Is Yours」を、一緒に作りましたよね。


HAN-KUN あれは楽しかったね。キャラクターに沿って作ったのはスゴいよ。


KAI_SHiNE 今後も手伝ってもらいたいと思いますけど(笑)。あとは、HAN-KUNのソロの時に、時々バック・セレクターをやらせてもらったりもするので。ライヴにつながるところで何かやりたいですね。


Choice Is Yours


SiiiCK これは聞きたかったことなんですけど、かつてTHC!!でリードヴォーカル、フロントマンをやっていた人が、今は山嵐を始めとして、様々な角度で音楽活動をしているのが、スゴく不思議なんですよね。


HAN-KUN 確かに。


KAI_SHiNE 出たがりは出たがりなんですよ。だから、通常のセレクターとかサンプラーよりも前に出ようとしてるし。


HAN-KUN そんな時代じゃなかった頃から、ディスクジョッキー・スタイルでやってましたからね(笑)。


KAI_SHiNE たぶん世界初の、コーラスをするバック・セレクターをやってました(笑)。いまだにそういうスタンスは変わらなくて、山嵐のツアーでも、後ろでコーラスをしながらサンプラーを叩くという、またフォロワーのいないニッチなスタンスでやりつつも、今や自分のヴァースもあるという(笑)。そうやって、隙あらば自分の声を差してということはやってますけど(笑)。楽器の一部みたいな感覚が強いんだと思います。


HAN-KUN いよいよ声が楽器になったね。


KAI_SHiNE 僕、歌い始めた頃も、ヴォーカリストという存在は全然好きじゃなかったし、憧れたヴォーカリストとかも、ある意味いないんですよ。表現の一環で声色を使ってるという感覚かもしれないです。そういったところも含めて、憧れたアーティストはhideさんです(笑)。


SiiiCK 憧れたヴォーカリストとかはいますか?


HAN-KUN それで言うと、ブジュ・バントンですね。『'Til Shiloh』がバイブルです。


KAI_SHiNE 「Untold Stories」を何度、二人で車の中で聴いたことか。


SiiiCK 二人でいい時間をいっぱい過ごしてきたんですね。


HAN-KUN それで言うと、俺たちの中での “Untold Stories” もけっこうありますよ(笑)。


KAI_SHiNE 語り尽くせほどありますね(笑)。


山嵐 - DIXI



山嵐『スペースフラワー』

2025年12月24日リリース

(CAFFEINE BOMB)

CBR-140

¥3,000(税込)

Image

1. アカイウミ

2. DIXI

3. 嵐山山

4. 忍びとエイリアン

5. スペースフラワー

6. 涅槃

7. 109

8. Yoroi

9. 桜梅桃李

10. 愛軌道

11. 川沿い



山嵐 ツアー “スペースフラワー2026”

2026年6月27日(土)長野県 NAGANO CLUB JUNK BOX

2026年6月28日(日)新潟県 GOLDEN PIGS RED STAGE

2026年7月11日(土)熊本県 Django

2026年7月12日(日)福岡県 LIVE HOUSE CB

2026年8月1日(土)山口県 LIVE rise SHUNAN

2026年8月2日(日)兵庫県 MUSIC ZOO KOBE 太陽と虎

2026年9月5日(土)岩手県 Club Change WAVE

2026年9月6日(日)秋田県 Club SWINDLE

2026年10月11日(日)大阪府 梅田CLUB QUATTORO

2026年10月12日(月・祝)愛知県 THE BOTTOM LINE

2026年11月21日(土)東京都 LIQUIDROOM



山嵐

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