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Mei Yong(Liberaiders) × ヒカル(BOUNTY HUNTER) 原宿シーンのクリエイター二人が語る、カルチャーのルーツ、アメリカ西海岸、クリエイティヴ

あまり知られていないが、実は交流の深いMei Yongとヒカルの二人。

Mei Yongは、北京出身、大学生として来日して以来大阪に在住し、東京を拠点に移してからは、アメリカ西海岸のブランド、FUCT、FRESHJIVE、ENJOI、Fucking Awesomeなどの代理店を手がけ、2017年に自らのブランド「Liberaiders」をローンチ。一方のヒカルは、長崎県佐世保出身、文化服装学院の学生時代に大貫憲章の下でパンクロックDJとして、LONDON NITE、MOSH BOYZなどで活動。1995年に原宿にBOUNTY HUNTERのショップをオープンして、ブランドとしてもオリジナルのフィギュア、アパレルを展開し、今年2025年4月には30周年を記念した「BH30|BOUNTY HUNTER 30TH ART EXHIBITION」も行われたばかりだ。ここでは初となる二人のスペシャル対談を紹介したい。



Photography: Jesse Kojima


写真:左から、Mei Yong、ヒカル



二人の出会い


SiiiCK 二人の最初の出会いは?


Mei Yong 僕が最初にヒカルさんと知り合ったのは、2001~2002年頃なんですよ。僕はその時大阪の商社で勤めてて。僕もアメリカの友達のデザイナーも、みんなBOUNTY HUNTERが大好きで。彼らは買えないから僕に頼んでくるんですよ。その時ちょうど出てたBOUNTY HUNTERのミッキーマウスがどうしても欲しくて。知り合いの業者さんがBOUNTY HUNTERと取引があったから、東京に行く時にはどうしても連れていってほしいって頼んだんですよ。一緒に事務所に行ったらヒカルさんがおって。そこで商品を入手することができたんです。それが最初のきっかけなんですよ。その前は、大阪のオレンジストリートの2階にBOUNTY HUNTERのお店があったんですよね。何か発売するたびに何百人も並ぶんです。その当時、人が並ぶお店と言ったら、APEとBOUNTY HUNTERだけだったんですよ。


ヒカル 東京以外で初めて出来た店が大阪だったんだよね。


Mei Yong BOUNTY HUNTERが出してた、フランク・コジックのスモーキンバニーとBxHアヒルを見た瞬間にヤラレたことがあって。僕は服が好きでこの業界に入ってるから、まさかオモチャを見てヤラレるとは、思ってもみなかったんですよ。今でも家にそのスモーキンバニーとアヒルは持ってますよ。


ヒカル ありがたい。


Mei Yong でも、15年前に生まれた長女が、1歳の時にスモーキンバニーの目をブルーのマジックで塗ったから、むちゃくちゃキレそうになったんですよね。でも、「あ、これは一生の思い出ですわ」と思って。あの時の切り替えは自分でも信じられなかった(笑)。今でも塗られたまま家で飾ってるんですよ。それで、今から20年前に東京に来て今の会社をスタートして。ヒカルさんは近くにおったんですけど、やっぱりレジェンドすぎてね、自分からよう声をかけないんですよ。そこから何年間か会社をやって、同じ業界の人たちと友達もいろいろできて。NEIGHBORHOODさんの展示会で何回もお会いして、それから話をするようになったと思うんですよ。


ヒカル 外国の人なのに大阪弁だから怪しいな、絶対に何かあるなと思ってた。仲良くなったら、やっぱあったけど(笑)。最初は意味がわからなかった。会うようになって、しゃべるようになると、その理由がだんだんわかってきて。


Mei Yong 最初の頃は会うたびに、「おまえ北京ちゃうやろ」って言われてたんですよ。誰かが「中国のどこですか?」って聞くと、「中国ちゃうねんから。こいつ大阪だよ!」って、周りの人みんなに言うから。でも、そのノリが気持ち良くて。僕はずっと関西にいたんですけど、関西って知り合ったばかりでもしょうもないジョークを言ったりするじゃないですか。東京では知らない人には気を遣いながら、微妙な距離感を置いてて、丁寧に話すんですよね。でもヒカルさんに対してはそういうことがなかったんですよ。僕に対してうわあって触ってくるから(笑)。お互い事務所も近いので、ほぼ毎週どこかで会うんですけど、何となくこの人は俺のことは大丈夫だと思って、しゃべってくれてるんだろうなって感じるんですよ。


ヒカル だんだん話していくうちに、話がやっぱり面白いし。俺も九州だから、スゴい西じゃないですか。


Mei Yong でもこの業界では、ヒカルさんはレジェンドすぎて、みんなたぶんいじることはようせえへんと思うんですよ。僕はそこは外人なんで、何言うてもええわと思って(笑)。まあ、いじってるつもりはないですよ。大先輩なんで。


ヒカル 嫌じゃないんで。バッタリ会うことも多いですよね。たこ焼き屋の前とかちょうど通り道だから。


SiiiCK この前も原宿の業界の人たちが多く集まる機会があったけど、二人は違いますからね。浮いてますよ(笑)。


Mei Yong 俺、北京なんで。


ヒカル 俺、佐世保なんで。


SiiiCK (笑)


Mei Yong コロナ前にヒカルさんとスケシンさんが、うちのブランドの初の写真展の時にDJをしてもらったんですよ。来てくれたみんながびっくりしてたのは、写真展のクオリティではなくて、「何でヒカルさんがやってくれてんの?」ってことで。たまにヒカルさんの写真をSNSに上げるんですけど、中国からのコメントがスゴいんですよ。何度も「岩永光」って漢字で書いてるんです。


ヒカル 向こうの人って、「俺は全部知ってるよ」っていうマウントを取りたいみたいで(笑)。ちなみに俺、高校の修学旅行は中国だったから。高校生だったけど、観光大使みたいなものだから、一番前と一番後ろに軍隊がついて、信号を全部止めてて、スゴかったな。’84年か’85年かな。


Mei Yong じゃあ、ワム!が初めて中国に来た頃ですね。ワム!のコンサートがあって、その時誰もワム!を知らないんですよ。新聞でも、「イギリス電子音楽団」って紹介されてて、誰もどんな音楽なのか知らなくて。北京の公演には高校生の僕らも行ったんですよ。みんな人民服を着てて、席から立ってはいけないんです。それでワム!が始まったら、カルチャーショックで、もうどうしたらいいのわからへんみたいな感じになって。しかもテープをもらって聴いてたワム!は声が高いから、女の人だと思ってたんですよ。ほんで終わってから、みんなどこかのスイッチをオンにされたような感じで、スタジアムの外で放火事件になったんですよ。


ヒカル ワム!で暴動?!


Mei Yong それが口コミで広がって、みんな影響を受けて、’88年ぐらいからいろんなバンドが出てきて、それは中国のロックンロールの第1世代になったんですよ。


ヒカル へえ、スゴいなあ。


Mei Yong ジョージ・マイケルと同じ髪型のヤツも増えたんですよ。髪の毛は完璧でも、顔はアジア人だからね(笑)。


WHAM! - LIVE IN CHINA 1985



カルチャーの入り口


SiiiCK せっかくの機会なので、二人のカルチャーの入り口について聞きたいですね。


ヒカル 俺はBLACK CATSとアナーキーだな。二つともメジャーだから、レコード屋さんで普通に買えた。その後がセックス・ピストルズ。それでクラッシュを聴いたら、「あれ、アナーキーと同じじゃん」と思って。そういう中学生だったかな。当時って情報が全然ないじゃないですか。ビデオをダビングしてくれるレコード屋さんがあったから、そこで『ザ・グレイト・ロックンロール・スウィンドル』とか『Punk In London '77』、『UK/DK』をダビングしてもらって観て、カッコいいなと思ってて。そこにはDOLLの20号も売ってたんです。表紙のキャル(ディスチャージ)を見て、スゴい衝撃を受けたのも大きくて。『ミュージック・ライフ』は、DOUBLE DECKERとかBLACKのカタログを見たいがために買ってた。九州にはGAIとかCONFUSEがいたし、高校の友達から音源を聴かせてもらって、ライヴを観に行くようになって。東京のLA MOSCAの通信販売のカタログを頼んで、現金書留を送って買ったりもした。そういう服がないから、ジーパン屋さんに行って、黒いシャツを買って、自分で手縫いでファスナーをつけたりとかして。カスタムしてる時に、「俺、パンクの洋服屋さんになろう」と思って、文化服装学院に来たんだもん。やっぱ見た目が好きだったんだね。


Discharge - Hear Nothing See Nothing Say Nothing


Mei Yong ヒカルさんの今の話を聞くと羨ましいですよ。僕らはもっと何もなかったから。北京という首都に住んでたから、留学生の通う大学が家の目の前にあったんですよで。中学校の時はいつもその大学の図書館で勉強して。そこには外国人が何千人もいるんです。欧米は少なめで、北朝鮮、アフリカ、キューバとか、社会主義国家の留学生が多くて。その環境で英語も勉強できるようになったんです。でも、その時は中国にはレコード屋さんはゼロなんですよ。ロックンロールは禁止ではないけど、存在しないんです。ただ、小さい時に外国人と一緒にサッカーをやったりしてたんで、彼らが聴いてるテープを回してもらってたんです。それが音楽との出会いの始まりなんですよ。僕らの場合はもらえるテープがすべてで。デュラン・デュランとかポップスが多かったのが、ある日突然AC/DCのテープが入ってきて。聴いてみたらヤバくて。そこからロックをわかるようになって。高校を出る前にワム!を観に行ったんです。大学は北京の外大に入ったんですけど、北京のいろんな区から外国語ができる子らが集まってて。「あれ、あの区に俺と同じようなヤツが存在した」みたいなのが多かったんです。その集まりが今の中国のロックンロールの第1世代になったんですよ。パンクの素材は一切なかったので、パンクは通ってなくて。いきなりハードロックに入っちゃって、そこからメタルの方が気持ちいいみたいな感じになって。当時の中国はまだ国をオープンしていなかったので、僕はもうとにかく海外に出たくて。アメリカに行こうと思ったんですけど、当時は米中関係がギクシャクしてたのでピザが降りなくて。親の仕事関係のつながりで、まず日本に行こうかってなるんですけど、日本のことは何も知らないんですよ。それで、最初は京都の大学に行ったんです。着いた日に日本円で8000円しか両替ができなくて。いきなり本屋さんに行って、3000円のアルバムを1枚とエロ本を買って。それで5000円が消えちゃったんですよ。レコードはスゴく高かったから、いっそのことレコード屋さんでバイトしようと思って。そこの店長は僕みたいな中国人が珍しくて、「毎日仕事が終わってから、CDとかビデオを家に持って帰ってかまへんで。次の日に返してくれたらいい」って言ってくれて。それが今の基礎になってる部分があるんですよ。


AC/DC - Back In Black


ヒカル VAPからPUNKS NOT DEADシリーズが出てたでしょ。あれとDOLLが重要だったかも。ピストルズだけじゃなく、すでにハードコアの波が来てたから。ディスチャージは最初は意味がわからなかった。メタルっぽくない?と思って、すぐには行けなかった。カオティック・ディスコードが最強だと思ってたんで(笑)。「Never Trust A Friend」のシングルのジャケット写真とかポップなんですよ。LAUGHIN' NOSEもロゴがあってポップでしょ。ハードコアなのにポップなのが、何かカッコいい……そういう中学生、高校生時代だったな。うちのお母ちゃんがベース(米軍佐世保基地)で働いてたから、ポップカルチャーはすでにあって、そっちも好きで。それで両方好きなんだと思う。でも、みんなが良いって言い出すと嫌になる。小さい時からそうで、誰もやってないことを一人で一生懸命やってるのが面白いから。クリスマス・プレゼントで、母がG.I.ジョーのしゃべるヤツを基地の人からもらって。それは俺しか持ってないの。そういう変な優越感が幼稚園の頃から植え付けられてて。今でもそれはどこかにある気はしますね。


Mei Yong 僕は日本にこれだけ長いこといるとは正直思ってなかったんですよね。元々交換留学みたいな形で来てたので、1年終わったら帰ろうと思ってたんですよ。でも帰ったところでレコード屋さんはないし、海外の映画を観れないし、日本で彼女もできたし。帰る理由がなくなったなと思って。それでもう一回、ゼロから大学に行き直したんですよ。その時に大学のキャンパスに、ダボダボの格好をしたスケーターの子が出てきたんです。それがカッコ良すぎて。そのルーツを辿っていったらアメリカ西海岸で。西海岸に行きたいなってなったんです。

Image



アメリカ西海岸


SiiiCK 実はヒカルくんも西海岸が大好きだし、二人とも西海岸とのつながりは大きいですよね。


ヒカル 西海岸は大好き。大野さん(大野俊也)と一緒に行ったのが大きかったし、チャンスに恵まれたというか。中学校の時にミシガンにホームステイで行ったことはあるけど。


SiiiCK でも元々はイギリスのパンクが好きだったんですよね。


ヒカル もちろん。ラモーンズは髪が長いし、意味がわかんねえから(笑)。東京に来て、バッド・ブレインズのレコードを買って、何だこれ?!ってトバされちゃって。そこからですね。


SiiiCK 東京セックスピストルズのイメージだったのが、’90年代になるとロン毛にスイサイダル・テンデンシーズのバンダナをして、DJでレッチリとかニルヴァーナをプレイするようになりましたよね。あれは何だったのですか?


ヒカル 何かいろんな要素がいっぱいあって。ずっとイギリスだったのが、Snuff、Leatherfaceが出てきて、エピタフ・レコードも同時期に出てきて、だんだんそっちに行って。でも実はアンスラックスとパブリック・エネミーの「Bring The Noise」がヤバすぎたんだと思う。ヒップホップもメタルもそんなにわからなかったけど、あれはけっこうデカかったかも。レッチリはカッコ良かったじゃないですか。俺、大人になろうと思って。パンク、ハードコアだけじゃダメだと思って、普通のヤツも聴こうみたいな気持ちで聴いてたんですよ。Tシャツもカッコ良くて着てたし。


Anthrax & Public Enemy - Bring The Noise


SiiiCK 「Bring The Noise」以降は?


ヒカル その前にスイサイダルのビデオが『11PM』で流れたのを観て、カッコいいなとい思って。Fineナイトのお客さんにしても、Dogtownを着てカッコ良かったんですよ。それは自分が通ってきた道じゃなかったから。その前も、ビースティ・ボーイズの初来日の時に、スケーターがスゴく多くて、意味がわかんなくて。で、暴れてるし。髪の毛を立てたUKスタイル以外がカッコいいと思ったのは、ビースティ・ボーイズのお客さんが最初だったかもしれない。ビースティ・ボーイズは「I Fought The Law」をサンプリングしてたから、聴いていいんだと思った。ニルヴァーナもスゴくカッコ良くて。俺、大貫憲章さんのところで仕事をしてたから、大貫さんのところにビデオが送られてくるのね。「Smells Like Teen Spirit」を観たら、お客にバッド・ブレインズの『Quickness』のツアーTシャツを着てる人がいるから、これは俺、聴いていいんだと思って。レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンも、日本でレイジがカッコいいと言ってる人が誰もいない頃に大騒ぎしてた。あと、ハウス・オブ・ペインもカッコ良かったな。大貫さんのお使いでソニーに行った時に、大関さん(故・大関孝紀)からTシャツをもらって、周りに誰も着てない時に、「俺が着てる」って言うのが好きだった。ボディ・カウント、サイプレス・ヒル、ハウス・オブ・ペインは新しかったし、カッコ良かった。今でもTシャツ、全部持ってますよ。


Mei Yong 僕は就職してからスポーツ関係の商社の出張で、アメリカに行って。英語も話せたから、最初は会社の偉い人たちと一緒に行ってたんです。それが3回目ぐらいから、「おまえ一人で行ってこい」って言われて。それで行ったら、仕事は余裕で半日で全部終わらせられるんで、ちょっと遊びたいな、人と知り合いたいなと思って。当時ASRという展示会があって、そこに行って、FRESHJIVEと出会って。FUCTの名前が見えた瞬間に、その名前にヤラレて、「あ、これ俺のブランドや」と思ったんですよ。ブースに入ろうとしたら、小売業者じゃないから入れてくれないんです。「いや、友達になりたいんですよ」って言ったら、「じゃあ、展示会が終わったら来いや。ダウンタウンにあるから」って言われて。それで翌週に行ったんですよ。そこはかなり厄介なところで、ジャンキーが群がってくるんです。ドアが開いて中に入ったら、倉庫を改装した会社で。10何人社員がいて、全員刺青が首まで入ってて、白人なんですよ。アジア人の俺が入ったら、全員に見られて、「中華料理の出前してへんぞ」みたいな顔をされて。ヤバいところに迷い込んだのかと思ってたら、ちょうどエリック・ブルネッティが入ってきて。「こいつ誰なん?」、「いや、日本から来て、友達になりたいって」、「マジか? じゃあ来いや」ってなって。スタジオに連れていってもらって。後からわかったことだけど、社員は絶対に中に入れないんですよ。その中に『Planet of the Apes』とかベトナム戦争のものとかがいっぱいあって。「いや、おまえみたいなベトナム人が俺のカルチャーがわかるのはうれしい」って言われて。いやいや、ベトナムちゃうしみたいな(笑)。


SiiiCK 適当ですね(笑)。


Mei Yong それで仲良くなって。「次回来る時、また遊んでくれますか? メシおごるから」って言ったら、「全然いいよ」って。それから10何年、ロスに行くたびにエリックと昼飯を食って、レコード屋に行くという交流が始まったんですよ。Turbonegroというバンドを教えてもらって聴いてたら、アメリカのバンドじゃなかったりとか。そういうのはけっこう勉強になりましたね。


Turbonegro - I Got a Knife


ヒカル 僕は母がベースで働いてたから、アメリカは同じ匂いというか、懐かしいというか、ホッとするんですよ。それに気を遣わなくていいじゃないですか。日本人同士だと気を遣って疲れるんだけど、アメリカだとしたいことだけ言っておけばいいから、楽なんです。’95年に初めて大野さんと行ったんだけど、ブレイク前のサブライムも観れたし、KROQで「Date Rape」がかかったのを聴いて、これ何?ってなって、Zed Recordsに行ってもCDしかなくて。その後大野さんがメンバーと仲良くなって、PVをビデオでもらってくれたから、『PUNK ROCK TV』でかけたんですよ。まだメジャーと契約する前のことで。あの時のサブライムは忘れられないな。ASRのアフターパーティで小さなクラブだったんですよ。


Sublime - Date Rape


ヒカル

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お互いのクリエイティヴ


SiiiCK 最後に、お互いクリエイティヴのこととかで話したいことはありますか?


Mei Yong 僕は先輩の前で言うと、クリエイティヴなんてゼロなんで。


ヒカル いやいや(笑)。


Mei Yong 僕はヒカルさんのことは、本人に会う前から知ってて。30年間全く変わってない人ってなかなかいないですよ。ヒカルさんは何も思ってないかもしれないけど、そこがスゴくカッコいいんですよ。やっぱり原宿を作った中の一人として、今日の今日まで一切変わってないのはあり得ないことだから。


ヒカル 器用じゃないからじゃない?


Mei Yong 30年も経つと、太ったりもするやん? それもないねん。


ヒカル 別に無理して変わってないわけでも、変わろうとしたわけでもないから。内容は昔とあまり変わんないかな。


Mei Yong 英語で「attitude」という言葉があるじゃないですか。ずっとそこが変わってないのがカッコいいねん。歳を取ったら、若い時の勢いが弱くなっていくじゃないですか。それが変わってないねん。


SiiiCK ヒカルくんが好きなもの、好きなテイストは変わらないとは思うけど、今年BOUNTY HUNTERは30周年を迎えましたよね。昔を振り返るタイミングにもなったと思うのですが、そこで思ったこととかはあります?


ヒカル 30周年のイベントをやった時に、いろんな人が来てくれて、いろんな話をする機会もあって。スゴくいいことしか言ってくれないから、うれしいし、もっと頑張らなきゃなと思うし。あと周りでも、NEIGHBORHOODの30周年でDJで呼ばれたりとか、トークショーで呼ばれたりとか、ありがたいですよ。今までやってきたものが間違いじゃないんだとも思うし。俺、スケシンを目指してる部分もあって。シンちゃんもあのままじゃん。シンちゃんがデザイナーをやってるからデザインしてるようなもんだもん。もうこうやってずっと生きてるだけ(笑)。


Mei Yong ヒカルさんが変わらないのは、結局好きなことをやってるから変わらないんですよ。ビジネス上の内容はたぶん変わったりもするだろうけど、本当に好きなことやってるから、若さも保てるんです。


ヒカル Meiさんは何でそんなに元気なの? ずっと元気じゃないですか。


Mei Yong いや、僕は一人の時はけっこう暗いんですよ。


ヒカル ああそう? じゃあ、暗い時を少し混ぜたらいいよ。いつもフルじゃん。


Mei Yong 僕、たぶんね、気が合う人と会うと、元気やと思うんですよ。自分、けっこう好き嫌いは激しくて。たぶんヒカルさんを見てる時って、僕が好きな人たちと一緒におる時やと思うんですよね。でも、ヒカルさんも元気やで。


ヒカル Vansとのコラボはまたやるの? ラインは絶対に入れてよ。


Mei Yong うちは絶対に入れてます。でも毎回、こういうことを言うんですよ(笑)。人とコラボする時、「俺の色を作ってくれ」とか、そういう無茶ばっかり言ってくるんですよ。


ヒカル (笑)


Mei Yong うちがやるVansとのコラボはクラシック系なんで。結局、FUCTもやって、FRESHJIVEもやって、ずっとやってきて、ここまで来たら、極めれば「ベーシック」という言葉そのままなんですよ。


ヒカル 本当にそう。


Mei Yong BOUNTY HUNTERの商品を見てたら、ずっとベーシックなわけや。その言葉ってスゴい意味があんねんなと思って。僕、若い時に言われたことあるんですよ。「デザインを極めるとベーシックです」って。結局原点に戻るんですよ。


ヒカル Tシャツ、最高(笑)。


Mei Yong 僕、若い時、BOUNTYのTシャツをずっと好きで着てたんですよ。リバーシブルで「MONDO」ってブルーで描いたTシャツを覚えてます? うちもブランドのカラーでブルーがあるじゃないですか。BOUNTY HUNTERさんのブルーの文字も大好きなんですよ。


ヒカル 俺もブルーは好きだな。エアジョーダン1の青黒が大好きだから。


Mei Yong だから、機会があれば、近い将来にBOUNTY HUNTERとコラボをしたい。もし大好きなことができるんであれば、めちゃカッコいいヤツができると思うんです。


ヒカル わかりました。


SiiiCK BOUNTY HUNTERとLiberaidersの近い予定は?


ヒカル あるけど、言っちゃいけないヤツだから言えない。


Mei Yong コラボがまたあるんですけど、でもみんなにはやっぱりLiberaidersとBOUNTY HUNTERのコラボを期待してもらいたいですね。ここで話したらやらざるを得なくなるから(笑)。


Mei Yong

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