2025年4月に来日を果たし、そのツアーの4公演は圧倒的なパワーとともに、あらゆる意味でオフスプリングの真骨頂を見せつけるライヴとなった。オフスプリングと言えば、’90年代の南カリフォルニアのメロディック・パンクを代表するバンドで、当時の新世代パンクの中で最も売れたバンドの一つだ。結成は1984年のオレンジ・カウンティ、ガーデン・グローブ。1994年の3rdアルバム『Smash』が大ブレイクして以来、現在に至るまで不動の人気を保ち続けている。ヴォーカルのデクスターとともにオリジナル・メンバーである、ギターのヌードルズにインタビューを行った。
Photography: Kazumichi Kokei
パンク・ロックとの出会い
SiiiCK 今回はオフスプリングのサウンド、スタイルがどのように生まれたのかを聞かせてください。子供の頃、パンク・ロックが出てくる前は、クラシック・ロックを聴いていましたよね。
ヌードルズ もちろん。
SiiiCK どんなバンドを聴いていました? ギター・ヒーローは誰でした?
ヌードルズ パンク・ロックが出てくる前は、みんなKISSが大好きだったし、僕も好きで聴いてた。親父はクリーデンス・クリアウォーター・リバイバルが好きで聴いてたから、僕も好きだったね。あと、クロスビー、スティルス&ナッシュも好きだった。もっとクラシックなのだと、ビートルズとローリング・ストーンズを聴いてたね。
SiiiCK それでブルージーなギターが好きなんですね。
ヌードルズ もちろん。ローリング・ストーンズのギターは好きだね。
SiiiCK ハードロックとかヘヴィ・メタルはどうでした?
ヌードルズ ブラック・サバスを少し聴いたぐらいかな。でもブラック・サバスを好きになったのは、パンク・ロックにハマり始めた時と同時期なんだ。The Dickiesがカバーした「Paranoid」を聴いたのがきっかけで、ブラック・サバスのアルバム『Paranoid』を聴くことになったんだ。
SiiiCK The Dickiesっていうのがいいですね(笑)。パンク・ロックとの最初の出会いは?
ヌードルズ 2枚のレコードだね。セックス・ピストルズの『Never Mind the Bollocks』とThe Dickiesの白いヴァイナルのEPだ。「Paranoid」もそこに入ってたんじゃないかな。The Dickiesはユーモアがあって面白い感じだったけど、ピストルズはとにかく怒ってた。どちらのバンドも大好きになったけどね。ユーモアも好きだし、激しさや怒りも好きだったんだ。僕自身たまにムカつくことだってあるからね(笑)。
SiiiCK オレンジ・カウンティで生まれ育ったわけですが、地元のシーンには素晴らしいバンドがたくさんいましたよね。
ヌードルズ そうそう。そこから地元のバンドが好きになっていって。T.S.O.L.はおそらく僕とデクスターが最も影響を受けたバンドだと思うよ。T.S.O.L.がいなかったらオフスプリングは存在しないと言ってもいいくらいだ。あとは、Adolescents、Vandals、ソーシャル・ディストーションといったバンドからも大きな影響を受けてる。
SiiiCK イギリスのバンドにはあまりハマらなかったんですか?
ヌードルズ あまりハマらなかったね。もちろんザ・ダムドは大好きだし、メンバーも素晴らしい人たちだ。セックス・ピストルズも好きだし。
SiiiCK NYのラモーンズも大好きですよね。ライヴでもよくカバーしてますから。
ヌードルズ もちろん。ラモーンズもデカいね。ラモーンズは音楽的にはファストでアグレッシヴなんだけど、メロディが良くて、シンガロングできるんだよね。バブルガム・ポップみたいに、メロディが頭から離れなくなるんだ。
SiiiCK ヌードルズがオフスプリングの前にやっていたバンド、Clowns of Deathはどういうサウンドだったんですか?
ヌードルズ とにかくひどかった(笑)。曲作りだってできてなかった。一番マシだったのは、クリーデンス・クリアウォーター・リバイバルの「Bad Moon Rising」のカバーじゃないかな。もちろんパンク・ヴァージョンだけど。初めてデクスターと共演したのは、僕が両親のリビングルームでClowns of Deathをプレイした時で、1984年のことだ。その後、デクスターのバンド、Manic Subsidalに誘われることになって。そのManic Subsidalがオフスプリングになったんだ。

2025年4月、ジャパン・ツアーでのヌードルズ
どのようにオリジナル・スタイルが生まれたのか
SiiiCK すでに年上の世代のパンク、ハードコアのバンドが数多くいる中、あなたとデクスターはどのように自分たちのスタイルを作り上げていったのですか?
ヌードルズ 最初はパンク・ロックというものをプレイしながら覚えていった感じだ。最初にどういう曲を作るのか?ってなった時は、警察のことを歌った曲、反宗教を歌った曲を作らなきゃいけないと思ってたよ(笑)。僕の彼女は意地悪だとか、誰も僕のことを愛してないとか(笑)。そういう曲だ。1stアルバム(1989年の『The Offspring』)の「Elders」と「I'll Be Waiting」を聴くと、その後オフスプリングがどういう方向に向かっていくのか、わかると思うんだよね。すでにこの時点で始まってるんだ。それで、『Ignition』(1992年)をリリースする頃には、どの曲もオフスプリングのサウンドという感じになってた。アグレッシヴなギター、ベース、ドラムスなんだけど、曲の持つグルーヴがオフスプリング独自のものになってるんだ。それに僕たちはみんながシンガロングできるような曲を作りたかった。特にラモーンズを目指してたわけじゃないけど、頭の中にメロディが残るような曲を目指してたんだ。
「Elders」
SiiiCK 当時の他のパンク・バンドと比べると、オフスプリングはメロディやリリックのアプローチが違いましたよね。そこは意識してたのですか?
ヌードルズ そこはデクスターがやったことだね。僕たちは疎外感を感じてたし、この世界の中で自分たちの道を見つけようともがいてた若い男たちだった。両親とか学校とか社会が望む方向性はあるんだけど、本当にそれでいいのか?って自問自答をしてたんだ。そこから自分ならではの道を見つけていくわけで。デクスターがリリックで書いてたことはそういうことだった。
SiiiCK 『Ignition』をリリースした時って、反響はけっこうあったんですか?
ヌードルズ 誰も興味を持ってくれなかったね(笑)。
SiiiCK マジですか?!
ヌードルズ 1stアルバムは5000枚ぐらい売れたんだ。全世界でその枚数だから、大した数じゃない。『Ignition』はエピタフ・レコードのサポートもあって、少しは売れたし、少しは認められたかもしれない。だけど時間はかかったね。このアルバムを出して、あちこちでライヴをやって、アメリカを二回横断してツアーをやった。だけど火がつき始めたのは、『Smash』のレコーディングでスタジオ入りした頃になるね。その頃には『Ignition』は全世界で7000枚ぐらい売れるようになって。当時のパンク・ロック・バンドにしてはけっこうな枚数だったし、僕たちにとっても大きな数だった。それで『Smash』を出したら、全く違う世界に変わってしまうんだ。

2025年4月、ジャパン・ツアーでのデクスター・ホーランド
1994年の3rdアルバム『Smash』のブレイク
SiiiCK 『Smash』はどのようにして大ヒットになったのですか? 徐々にですか? 突然ですか?
ヌードルズ 「Come Out And Play」がすぐにヒットしたんだ。最初はラジオだった。KROQのラジオDJでジェド・ザ・フィッシュっていうのがいて、最近亡くなったんだけど、ジェドが最初にこの曲をかけてくれた。夕方5時の帰宅のラッシュアワーで、みんなが車に乗る時間になると、彼の番組「Catch of the Day」がかかるんだ。それで僕たちは、「あの曲は何だ? もう一度かけてくれ」って電話しまくって。僕たちのママも電話でリクエストをしてくれたよ(笑)。そしたら他の人たちも電話リクエストをするようになって、曲がどんどんかかるようになって。ラッキーなことに、多くの人たちの琴線に触れることになったんだ。そこから全米中のラジオがこの曲を取り上げることになって。インディペンデント・レーベル所属のどこの誰かもわからないようなバンドの曲がかかるようになったんだ。そこからさらに、「Self Esteem」、「Gotta Get Away」が続いたから、一発屋ではなくて、何曲も人気の曲が生まれることになった。でも、アルバムの『Smash』自体はすぐに売れたわけではなくて。「Come Out And Play」がヒットしてトップ200入りする頃には、すでにアルバムはリリースから2ヶ月ぐらい経ってたんだよ。
「Come Out And Play」
「Self Esteem」
SiiiCK 以前、『Smash』が急に売れるようになった時、恐ろしくなったと話していましたよね。
ヌードルズ 恐ろしかったよ。オフスプリングは僕たちが趣味でやってたものなのに、仕事みたいになってしまったから。すべてがひっくり返ってしまったんだ。まあ、結果オーライなんだけど(笑)。何しろ、たくさんの大物バンドからアリーナとかのライヴでのオープニングのオファーが来るんだ。その頃の僕たちはスタジオでは良い音を出せるんだけど、ライヴの方は今ひとつだった。だから良いライヴをやるための練習をする必要があったんだ。機材も見直したし、ギターも練習したし、僕自身はヴォーカルのレッスンも受けることにした。ライヴでバッキング・ヴォーカルを上手く歌えるようにするためにね。
SiiiCK 当時からオフスプリングの速い曲は、スラッシュメタルのような刻むギターが特徴的でしたが、あのギター・スタイルはどこから来たのですか?
ヌードルズ ダウンストロークも多かったよ。それはジョニー・ラモーンからの影響なんだ。それに、ジョニー・ラモーンのギターはジミー・ペイジからの影響なんだ。だから、始まりは「Communication Breakdown」なんだよ。速い曲の刻みに関しては、デクスターがシャッフルのグルーヴが好きで、「ジャンジャカ ジャンジャカ ジャンジャカ」っていう感じで少し取り入れたのが始まりだ。
SiiiCK ’90年代の南カリフォルニアのパンクのシーンは、サーフ、スケート、スノーのシーンと密接につながっていましたよね。当時のオフスプリングはSRHのパーティにも出演したり、SRHとかHurleyの服を着たりしていました。あなた自身もサーファーでスノーボーダーですよね。
ヌードルズ 服はもらってただけで、スポンサーを受けてたわけじゃなかった。SRHのライアン・ホワイトは今はE-バイクを作ってるよ。この前デクスターのパーティでも会った。シーンのつながりに関しては、まず音楽自体がアクションスポーツに合ってるし、同じフィーリングを共有できるというのがある。そういうスポーツはスピードが速いし、同時にカーブを描く感覚もある。パンク・ロックもスピードが速いし、メロディがあって、カーブも描くよね。あと、エピタフ・レコードのブレット・ガーヴィッツとCargo Recordsのフランク・ハリソンが、オフスプリングの曲をスケートボードのビデオにフィーチャーしてくれたのも大きい。ブレットは頭が良かったから、サーフ、スケート、スノーのビデオに無料で曲を提供して、プロモーションをしたんだ。だから、初めてオーストラリアに行った時は、キッズは僕らの曲をサーフムービーの『Momentum』で知っててくれてたよ。そういうのはブレットとエピタフのマーケティング効果によるものだ。
SiiiCK それは’90年代の日本でも同じでしたよ。最初にオフスプリングやエピタフのバンドを支持したのは、パンク・ロック・ファンではなく、サーファー、スケーター、スノーボーダーたちでした。
ヌードルズ 実際、ライヴでもいきなりビーニーにフランネルシャツのキッズが増えたからね(笑)。モホークとかスパイキーヘアのパンクスはすでにいなかった。
「Make It All Right」
同世代のバンドのこと、若い世代からの支持
SiiiCK ’94年に『Smash』が大ヒットして、オフスプリングは新しいパンクをレペゼンする存在になりましたよね。同時期にグリーン・デイもそういう存在になりましたが、当時彼らのことをどう見ていました? エピタフのレーベルメイトであるバンドはあなたの友達ですが、グリーン・デイはベイエリアのバンドですよね。彼らはライバルでしたか?
ヌードルズ 少しだけライバルではあったね。彼らのことは知ってたし、僕自身はグリーン・デイのファンでもある。ツアーだって2回ほど一緒だった。僕が初めてマイクとビリー・ジョーとハングアウトしたのは、まだグリーン・デイの前のバンドの時で、マイクはヴォーカルで、ビリー・ジョーはギターだった。マスコミは「グリーン・デイ vs オフスプリング」って書きたがるんだけど、僕たちは友達なんだよ(笑)。ペニーワイズも友達だし、ランシドも友達だし、どのバンドもスゴくいいバンドだ。NOFXも友達だけど、彼らはラジオプレイを拒否したり、他とは違うことをやってきたと思うね。どのバンドもどのバンドマンも大好きだし、特にエピタフにいたバンドとは友達だと思ってるからね。
SiiiCK パンク・ロックをルーツにしているバンドって、最初の2枚ぐらいのアルバムがベストだったりしますよね。オフスプリングがこれほど長い間クリエイティヴィティをフレッシュにキープし続けて、同時に常に若いファンにも支持されているのには、何か秘訣があるのでしょうか?
ヌードルズ パンク・ロックって言っちゃダメだよ(笑)。ロック・バンドって言わなきゃ。ボストンなんて最初のアルバムは最高だったよね。でもローリング・ストーンズはずっと最高なままだ。僕たちはボストンよりもストーンズのような存在でいたいね(笑)。でも、大変と言えば大変だよ。自分が今やってることがイケてかどうかなんてわからないから。もし秘訣があるとしたら、やり続けることかな。そうすることでアイデアもサウンドもフレッシュなままキープできるからね。それに、僕たちはこのバンドを根本から変えようとはしてないし。エクスペリメントするにしても、アルバムで1~2曲、ちょっとテイストの違う曲を作るぐらいだ。だからどの曲もオフスプリングらしく聴こえると思うよ。今回のアルバムの曲でも、他とは違うのは「Come To Brazil」ぐらいじゃないかな。この曲はスラッシュメタル寄りという感じだから。あとは、「Get Some」。この曲はモントローズっぽいところがあるからね。
SiiiCK しかもオフスプリングには常に若いファンがいるし、年を重ねても更新されているイメージがありますよね。
ヌードルズ そうだね。それはわかってる。ステージ上にいる僕たちはどんどん歳をとっていくのに、最前列のお客さんはずっと同じ年齢層なんだ。それは自分たちも驚いてるところなんだ。
SiiiCK それは何故だと思います?
ヌードルズ 音楽の持つエネルギーじゃないかな。若々しいエネルギーが若いファンにアピールできてるんだと思う。
「You’re Gonna Go Far, Kid」
SiiiCK 「You’re Gonna Go Far, Kid」なんて、今の若い子たちにめちゃくちゃ人気がありますからね。
ヌードルズ そうなんだ。もう17年も前の曲なのに。だけど、「Come Out And Play」と「Self Esteem」は31年前の曲だよ(笑)。お客さんの多くはまだこの世に生まれてもないから。うちのドラマーのブランドンだって、『Smash』が出て数ヶ月後に生まれてるんだ。




2025年4月、ジャパン・ツアーでのオフスプリング
デクスター・ホーランド(ヴォーカル、ギター)、ヌードルズ(ギター)、トッド・モース(ベース)、ジョナ・ニモイ(パーカッション、ギター、キーボード)、ブランドン・パーツボーン(ドラムス)
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