そのDJスタイルは、デトロイトテクノ、シカゴハウス、UKブレイクスを取り入れたラフでアグレッシヴなグルーヴと、現行サイケデリックなヨーロッパテクノ、ベースサウンドなどを掛け合わせた、KATANAならではの独自のもの。
ミニマルな美しさと棘のようなディテールが同居するサウンドは、ダンスミュージックにおける様々な要素を吸収した上で、ジャンルとかスタイルといった境界線の上を、自由かつスリリングに飛び越えていく感覚がある。
現在、拠点とする札幌でのイベント主宰や、Precious Hallでのレギュラー出演などをメインに活動しているが、CYK TOKYO RADIOへのMIX提供や、WOMB、翠月- MITSUKI -、club daphnia、AREA Osakaで開催されたパーティへの出演など、北海道内外で着実に活動の幅を拡げている。
2026年2月に北海道・新十津川町のFOOTENで行われたパーティで、今札幌で最も注目されている新世代DJとして紹介されたのが、ここで紹介するKATANAである。
音楽のバックグラウンド
SiiiCK 音楽の入り口とか、DJをやろうと思ったきっかけは?
KATANA 僕は最初はクラブに行ってたわけではなくて、ライブハウスに行ってたんです。それこそハードコアとかメタルとか、友達のライヴによく行ってて。みんなオルタナとハーコ好きみたいな感じで、その時の自分は何かわからないけど、マインドのカッコ良さを感じてずっと遊んでました。それはスゴい体験で、若さの勢いというか、曲げて、川に行って、ビールを飲んでみたいな感じだったのが、18~20歳ぐらいです。今、僕は24歳なんですけど、DJを始めたのは4年前の20歳の時で。周りのみんなが音楽をやってて、カッコいいなと思ってたんですけど、僕は表現方法がなくて。その時の僕は学生で、グラフィックデザインを学んでて、フライヤーとかを作ったりもしてたんですけど、音楽の部分で劣等感みたいのがスゴい強かった時期で。そういう時にGlansっていう札幌のバンドがいて、ヴォーカルのヤツが「おまえはDJした方がいいよ」っていう風に言ってきて。そこで、僕は当時お金も全然なかったんですけど、言われたその場で4万円ぐらいのDJコントローラーを分割で買って。もちろん毎月引かれるので、本気でDJをやらなきゃといたった感覚で最初は始めました。当時の僕はジャンルも何も知らないし、ハウスって何?みたいなところから始まったという感じです。
SiiiCK ハコでDJをやるようになったのは?
KATANA コロナ禍中か明けぐらいの、2020年、2021年とかですね。初めて札幌のPROVOというクラブに行った時に、その時は拓郎さんという方が店長で。拓郎さんは、DJのOCCAさんの旧友なんですよ。当時はコロナ明けで、客が誰もいない時期で。「ちょっとDJしてみて」って言われて、やってみて。「いいね。いつでも来ていいよ」って言われて。そこで、平日にPROVOでDJを練習させてもらうようになりました。ある時、僕が練習に来ていた時に、PROVOのボスの龍太さんと初めて会うタイミングがあって。僕はハウスをかけてたんですけど、「こういうの好きなの?」って言われて。「はい」って答えて。「へえ」って、どこかに行ったんですよ。それでDJをしてたら、龍太さんがちょっとだけバーカンの方で踊ってたので、その時、ちょっと今いい感じなのかもしれないという感覚の中、DJをしていました。その日は平日で、パーティでも何でもなかったんですけど、初めて6時間ぐらいDJしたんですよ。僕はまだDJですらなくて、ただの練習生みたいな感覚だったのですが、朝までDJをして。その時に、今でも仲良くしてもらってる先輩から、「DJ良かったよ。もっと聴きたかった」って言われたんです。初めての体験だったので、それでDJって楽しいかもと思いました。そこから、NO NO NOっていう拓郎さんが行うパーティがあって。その時は2~3週間に一回は出させてもらっていました。拓郎さんはつながりが多い人なので、Precious Hallでレギュラーをやってる、今思うととんでもない先輩方と当時は組まされて。その時は何もわからないまま、バシッと先輩からDJを見せつけられました。売れる売れないとかじゃない、実力主義の人たちがいると気づかせてもらったんです。
SiiiCK そこで音楽を大切にしなさいということを学んだんですよね。
KATANA そこは先輩方にたくさん教えてもらいました。僕も最近は、少しずつ東京とか大阪、京都にも呼んでいただけるようになったんですけど。そういう風な体験をしてやってきたから、同じ世代の人間と関わった時に、全然違うと思ったんですよね。PROVOがあって、そこがゲートウェイで、僕が入っていって。何もわからないで、遊んでて、DJしたりしてて。ちょっとずつ「KATANAってヤツいるらしいよ」ってなって。PROVOのボスに「Precious Hall、一緒に行くぞ」って言われて、「何だ、そこは?」と思って。初めてPrecious Hallに行った時が、OCCAさんがやってるレジデント・パーティのARCHIVで。そこで、DJに対してものスゴい衝撃を受けて。本当、DJのすべてがつながって聴こえたんですよ。その時に、「あ、こうやってつなぐんだ。こういうミックスの仕方なんだ」とか閃いて。そこからすべてが変わったような気がします。OCCAさんは同じ札幌で一から積み重ねて、今は最前線でやってるので、スゴく元気をもらえる先輩なんです。あとは、有名な方ですけど、行松陽介さん(¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$U)の存在も意識しますね。自分とは感覚が違う人かなと思ったりもしてたんですけど、RAのインタビューを見た時に、半端ないなと思って。一回、PLASTIC THEATERという別の札幌のハコで、陽介さんと一緒になった時があって。僕はDJでカマしてる人を見つけたら、ガンガン仲良くなりたいと思っちゃうタイプで(笑)。そこでしゃべった時に、本当に嫌な感じが全くなくて。DJって本当に音だけじゃなくて、コミュニケーションとつながりと、それを全部掌握して上手く立ち回ってる人が、カッコ良いと思ってしまって。でも、そういう人は実際しゃべった時に、スゴいフラットなんですよね。ワールドワイドな思考を持ってるというか、誰も見下したりしないし。「いや、みんな違って、みんないいと思うよ」というスタンスなんだけど、「いや、でもこの人はちょっと違うぞ」って思わせてくるような。そういうのが、本当にカッコ良くて。自分はまだまだですけど。でも、そういう方々と接したりしていくうちに、自分もDJを生活にしてみたいと思いましたね。
049 KATANA - CYK TOKYO RADIO
https://on.soundcloud.com/8cGd2F3t1HW3Wy7txd

北海道以外での活動
SiiiCK 北海道以外では、どういうところで、どういうパーティに出演しているのですか?
KATANA 初めて道外で呼んでもらったのは、大阪のclub daphniaです。北加賀屋にあるハコで、最初のつながりは、大阪にKK mangaというハードコアバンドがいて。その人たちは大阪のBEARSという老舗のライブハウスでメインでやってて、それのアフターパーティみたいな感じで、daphniaでやったんです。その次に呼んでもらったのも、また大阪で。その時はAREAに呼んでもらったんですけど、きっかけはオーガナイザーのユウタさんという方で。翠月- MITSUKI -とか、いろんな場所でオーガナイズしてる方なんですけど。FRONTERAの二人がPROVOでパーティをやった時に、遊びに来てたんですよ。そこで僕のDJを聴いてくれて、気に入っていただき、呼んでくれたんです。翠月- MITSUKI -には、1月に初めて呼んでいただきました。それはMITAYOさんという、Precious Hallでやっている札幌の先輩で、今は東京でやってるんですけど、その人のDJがスゴくて。MITAYOさんが今、翠月- MITSUKI -でパーティをまかされていて、そこに呼んでもらったんですよね。その時は、MITAYOさんと僕とYPYの3人でやらせてもらって。1月は、WOMBで幸一さんという方がやってる、GUIDANCE~導き導かれる人生~というパーティの21周年にも呼んでいただきました。次の日には、また翠月- MITSUKI -でもやらせてもらったりもしました。その次の週は、京都のWest Harlemに呼んでもらって。京都は自分と同世代に呼んでもらったんですけど、若手がスゴいパワフルで。それは本当に良かったですね。僕は札幌でDJしてて、自分ってずっと一人だなと勝手に思ってたんです(笑)。それは今も思ってることで、友達とか仲良くしてくれる人間はいっぱいいても、自分と同じ気持ちの人間は一人もいないって思ってて。それは何故かというと、もう単純な話で、人間って本当に一人ひとりに自分の内側の部分があって。それをわかってもらえてるって、自分で思ってるだけで、実は誰も何もわかってないんです。だからずっと一人だし、一匹狼みたいな(笑)。でも、一匹狼って行動してるから、一匹になるわけで。そういうヤツらが地方から集合する感じがあって。そういう人としゃべった時に、「あ、それ、それ、それ」っていう会話になったし、求めていた共感のできる感覚があったんです。そうなった時に、何かまた次のステップの仲間が出来た感じがスゴくありましたね。

自分ならではの音楽の追求
SiiiCK 音楽自体の方は今、どういう方向で追求している感じですか?
KATANA 僕はオルタナティヴにやりたいと思っています。いろいろな音を混ぜたくて。でも、そのパッケージはテクノです。ぐちゃぐちゃにしたいけど、ぐちゃぐちゃだとは思われたいというわがままな感覚です。まとまって聴かせたいから、パッケージはテクノなんですけど、イメージは四角いパッケージがあったとして、その中をバーーーッて動き回りたいんです。動き回りたいんですけど、枠はあるから、はみ出すことはないような感じです。
SiiiCK なるほど。その枠の中で思いきりやりたいわけですね。
KATANA ギリギリを攻めたいです。その感じで、ハウスのノリも絶対に入れたいし、ブレイクスも大好きだし、UKのちょっとガラージっぽい感じも好きだし。でも、たくさんかけた時に、フロアに「うわ、ちょっと変わっちゃった」って思われたくもないので、そこは本当に集中してやってます。「これをかけたら、この人いなくなっちゃうかも」って思ったりもしますね。そこの鋭さは常に持ってます。だからDJが終わった後、「大丈夫でしたか?」という感じ。みんなに「良かったよ」って言われても、「それ、本当なのかな」って思う時がほとんどです。音に関しては、テクノでまとめたいけど、オルタナティヴな混ぜ方もしたいので。そういう意味で言うと、YELLOWUHURUさんとかは本当に混ぜてきますね。今、DJで注目されていく人って、一個のジャンルをやるだけで、DJとして実力者と言われるかもしれないけど、それ止まりになることもあると思うんです。「じゃあ、その先は何だ?」と考えると、ストーリー性と「何かヤバいぞ」っていう、言葉にできないけど、「あの人、何?」って思わせる瞬間を作れるかどうかだと思うんです。それって、めちゃくちゃ難しいですよね。そこに対して注力できる人が、本当にDJとして素晴らしいなと思います。みんなが気づかなくてもいいから、俺が言ってることだから、俺はこうやってるよってなった時に、鋭い人は絶対に気づくし、それを気づいてくれたら、もうお酒とか持っていきたくなっちゃいますよね。「飲みましょう!」って(笑)。
札幌のPROVOで

Instagram: @katanaotas
SoundCloud: @katana_s
SiiiCK Official
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