2025年2月リリースの最新EP『核に匹敵する優しさ、それと諦め』も話題作となっているが、8月から9月にかけて、このEPをツアータイトルに冠した全国ツアー「“核に匹敵する優しさ、それと諦め” NIPPON TOUR」をスタートさせる。全国21ヶ所、対バンとして会場ごとに異なるNIPPON HARDCORE BANDSが出演。ツアーには「クルーパス」制度も導入され、複数の公演に参加する来場者はパスを受付で提示することでスムーズに入場できるという。TIVEの4人のメンバー、佐伯基(Vo)、求健太(Gt)、拓真(Dr)、幾実(Ba)に話を聞いた。
Photo: 左から、拓真(Dr)、幾実(Ba)、求健太(Gt)、佐伯基(Vo)
ハードコアの衝撃からバンド結成まで
SiiiCK ハードコアの入り口はどこでした?
求健太 高1の時に初めて観たハードコア・バンドはPALMですね。PALMを観た時、最初は何をしてるのか全くわけがわからなかったんですけど、家に帰る時に残ってたのはもうPALMだけになってて。何故か衝撃が残ってたんです。それが入り口です。
SiiiCK メンバーのうち三人は同級生なんですよね。
佐伯基 そうです。僕と拓真と求が高1からのツレというか。
求健太 2人をライヴに誘ったのは、Turnstileの初来日なんです。PALMを観た時の衝撃は2人にはまだ隠し持ってました(笑)。ああいうライヴがないかとあてどなく探してた時に、Turnstileのフライヤーが手元に来て。SANDの名前もあったので、これはたぶん前に行ったハードコアの感じっぽいなと思って。佐伯と拓真を誘いました。
佐伯基 初めて行ったライブハウスがTurnstileの初来日の時で。そこでモッシュ、ダイブを見て、「何やこれは?」と思って。そこから大阪のローカル・ハードコアのライヴに行くようになって。初めて僕が買った国内のハードコア・バンドのCDは、NUMBの『CITY OF DREAMS』でした。あと、先輩のNUMBERNINEが出てるライヴを、これに行っといたら間違いないかなと思って行ってました。
拓真 Turnstileのライヴは、僕も何が起こってるのかわからなかったんですけど、何かスゴいことをしてるというのはわかりました。あと、僕はその時TIGERにハマったんですよ。天井にぶら下がって歌うとか、見たことがなくて。迫力が忘れられなかったですね。
SiiiCK 自分たちでもバンドをやろうってなったきっかけは?
求健太 ずっとライヴに通ってばかりでも、飽きてくるし、わかってくるじゃないですか。ちょうど佐伯が留学から帰ってきたタイミングがあったんです。僕らはTurnstileの衝撃を忘れず、ずっとそこまで来てたので、何で日本にはそういうバンドがいないのかなと思ってて。これは自分たちでやるか、もうこういうライヴに行かなくなるか、どっちかみたいな感じになってたんですよ。で、もうバンドをやりましょうかと。佐伯が留学から帰ってきたてで、何かホカホカしてて、熱かったんですよ。それで話をしたら、「やるか」みたいな感じになって。すぐには動き出さなかったんですけど、バンドをやろうってなったのは2018年頃からです。
SiiiCK 留学はどこに行ってたんですか?
佐伯基 アメリカのオレゴン州ポートランドですね。留学と言っても、1年弱なんで全然短いんですけど。そこでハードコアのライヴにばっかり行きまくって。向こうにいる時から求とはずっとLINEはしてて。ライヴ映像を送りつけたりしてました。で、帰ってきたタイミングでバンドをやろかってなったので。僕的にはけっこう自然な流れでしたね。
拓真 僕は好きなアーティストだけを聴くっていうよりかは、いろいろ聴く音楽のジャンルが増えたぐらいで。ライヴにも連れられて行ってたんですけど、まだ自発的には行かず、普通に学生をしてました。
SiiiCK ヒップホップも好きなんですよね。
拓真 TIGERにはヒップホップとハードコアの両方があると思ったので。SoundCloudとかで気に入ったラッパーの音源とかを一人で聴いたりしてました。バンドの話が来た時は、不安しかなくて。高校を卒業してからまた集まる、忘年会か新年会で佐伯から誘われたんですよ。ドラムを叩いたこともなかったんですけど、「太鼓の達人」がビックリするぐらい上手だからっていうので。手さばき的に行けるだろうっていうので、ちょっとやってみるかってなって。誰からも教わることもなく、何だかんだここまでやってきた感じです。
SiiiCK ギターとヴォーカルはどう決めたのですか?
求健太 バンドをやるからにはヴォーカルをやりたいと思ってたんですよ。でも、曲を作る上で、ギターを弾かなくてはいけなくて。佐伯は高校の時にベースを弾いてたので、佐伯がベースで、僕がギターで、二人でスタジオに入ったんですけど、佐伯が全然練習してこなくて。気持ちが熱いだけで、全然あかんなと思って。でも、歌い方とかを考えてきたので、自然と佐伯がヴォーカルになって。あれは自分をヴォーカルに持っていく演出やったんじゃないかなと今は睨んでます。
佐伯基 全く覚えてないですね。性格上、前に出るタイプでもないので、ヴォーカルもやりたいと思わないはずなんですけどね。でも、練習が嫌いというのは高校の時からありました。
SiiiCK そこからベースは幾実に決まったんですか?
幾実 その時はまた違う女の子が入ってて。元々2人目のギターとして入りたいなと思ってたんですけど、ベースの子が辞めるってなって。ほんならベースで入るかみたいな感じになって、入りました。僕は健太と専門学校で同級生やったんですけど、健太がハードコアのTシャツを着てたのに僕は興味を持って。「何なんそれ?」みたいなので教えてもらったのが、Code Orangeの『I Am King』で。そこから激しい音楽を聴くようになりました。
Live at HARLEM / BLOODAXE TOUR / ONE STEP CLOSER JAPAN TOUR 2025 / 03/30/2025
オリジナリティの追求と『核に匹敵する優しさ、それと諦め』
SiiiCK Tiveはどういうバンドをやりたかったのですか?
求健太 僕はTurnstileとCode Orangeにぞっこんで。今で言う「推し」ぐらいには思ってて。その当時、「hate5six」で再生数が高いようなバンド、Knocked LooseとかVeinとかもいろいろいて。何年代の何とかじゃなくて、自分が直撃したものをそのままお返しするというか、大好きなことをやるぞっていう感じで始めました。
SiiiCK ヴォーカルの方もかなりオリジナルな日本語のリリックでアプローチしていますが、アメリカに留学に行ってたくらいだから、英語で歌うことも考えてはなかったですか?
佐伯基 まず英詞で行くか、日本語詞で行くか、健太とけっこうなしばき合いを経て、日本語ロック論争のような論争が、僕と健太の間でも起きましたね。僕自身も留学に行くことで生の英語に触れて、留学前以上に英語との距離を感じるようになって。後から学んでも、ネイティヴのように、脳みそを経由せずに発される言葉にたどり着くことは、一生できひんのやなっていうのを感じるようになってたんです。コミュニケーションぐらいは勉強で何とかなるんですけど、何かを自分が表現するってなった時に、一回そういう脳みそ、フィルターを経由する以上、まず純粋な表現にはならないだろうし、それができるのは日本語やなっていうのもあったので。健太が日本語で行こう派で、僕が元々は英語でやりたい派やったんですけど、まあ結果的には日本語になりましたね。
求健太 PALMがまずそうなんですけど、聴いてるだけではわからなくても、歌詞カードを見ながら聴いた時に、直で入ってくる気持ち良さがまずあるんです。それがまあ表向きの理由ですけど。もう一つは、佐伯が留学に行ったことへの悔しさがあって(笑)。何とか日本語で勝ったろうという、スゴい器の小さいきっかけもありますね。
SiiiCK 高音のヴォーカルも個性だし、そこも活かしつつ、二人はどんな風にしばき合って、歌の方向性を考えていったんですか?
佐伯基 僕の中でとどめを刺されたのが、僕らの「ドリフトファーザーアウェイ」という曲で。その歌詞を健太が持ってきた時に、歌詞が何か自分にめっちゃ刺さって。「あ、これはもう日本語やな」っていうのと、かつ、健太の日本語の歌詞の扱い方に、「ええやん」って、じわっと来て。健太は人一倍歌詞に対する思いが強い人間で、歌詞先行で曲が出来ることもあるんですよ。ホンマ、曲によってやり方も変わるんですけど、今はそんな感じが多いですね。
SiiiCK 「ドリフトファーザーアウェイ」は気持ちが入った歌詞になったんですか?
求健太 人脈がなさすぎて、ライヴに全然誘われなかったんですよ。だからと言って、積極的にライヴに顔を出すわけでもなく。自分ができることは曲でやるしかないと思って、曲も頑張ってましたし、歌詞もその時は、「みんな英語やめちまえ」と思うぐらいで。今は思ってないですけど。僕はみんなと違って、コロナ禍前からしんどかったので、その時はスゴい変な状態になってて。図書館で大きな美術の本を読んでたら、何かとつながった気がして。じわっと開いた感じがした時に、地盤はあったんですけど、ガガガガッと一気に揃ったというか。しかも、スゴい自分を癒してくれたんですよ。「これは来たな」と思って。自分を癒すものはどこかの誰かのことも癒してくれるだろうと思って。で、恐る恐る佐伯に送ったところ、けっこういい感じのリアクションがあって。伝わったと思ったんです。佐伯も今言ってたように、もう絶対日本語やっていう確証を得れたんです。
SiiiCK 長い曲もありますが、短い曲の中でリフのカッコ良さがあって、展開の面白さ、ビートチェンジの面白さも追求していますよね。これは日本のバンドがあまりやらないアプローチだと思うのですが。
求健太 最初の方はいつもタイマーで計りながら、リフを弾いてましたね。ハードコアはやっぱり短ければ短いのが正義だと思ってて。弾いてて、「あ、2分になってもうた」とかやってました。いかに最短距離で、かつ、短すぎても良くなくて。尺とエネルギー量のバランスは意識してました。
SiiiCK 2023年になると、Summer Bash Fest、Nerds Festといった大きなイベントにも出演するようになりますが、そこまでのライヴ活動はどのような感じでしたか?
求健太 それこそ2022年まで、10本もライヴをやってなくて。しっかりした音源を出すまでは全然ライヴはなかったんですよ。最初の音源『恥部』を出してから、じわじわと増えていった感じです。僕からしたら、音源に対してその時は全然反応がなかった感じで、後から知ったんですけど、水面下ではけっこう聴いてくれてたらしくて。実は今回のEPまでの曲自体は、2019年と2020年でほとんど出揃ってたんですよ。「ドリフトファーザーアウェイ」も2020年の最初のコロナ禍直前にはあったんですけど、その時に出しても見向きもしてくれないと思ってたので。『恥部』を出してからすでにあった曲をブラッシュアップしていって。今回の『核に匹敵する優しさ、それと諦め』をやっと出せたという感じです。
SiiiCK そういうことだったんですね。『核に匹敵する優しさ、それと諦め』はこれまでの集大成というか、出すべきタイミングが来たという感じですか?
求健太 そうですね。でも出すまでに長すぎて、何なら飽きてしまって。僕らにとっての毒みたいになってしまって。やっと毒が抜けたというか、やっと離れられたという感じがします。もうスッキリって感じです(笑)。
Photography: JJ Fenwick


Turnstileとの共演
SiiiCK 今年の2月に『核に匹敵する優しさ、それと諦め』をやっと出せて、去年の夏はTurnstileとも共演できたわけですから、感慨深いものもあるんじゃないですか。
求健太 ホンマにあったのかな?というぐらい、夢みたいなことやったので。「うれしいです」とか一言では言えないんですよ。僕が苦しんで、怒りで作ってたものがちゃんと報われたんやなって。報われすぎな気もしたし、恐れ多かったですよ。でも、やっぱりそのエネルギーというのはちゃんと変換されるんだなと思って。
SiiiCK Turnstileの初来日を一緒に観に行った二人はどうですか?
佐伯基 僕はバンドをやる上で、目標とかも全然持ってなかったんですよ。有名になりたいとか、売れたいとかも全然なく始めてたんですけど、Turnstileと共演したいというのだけは、一個ずっとあって。最大の夢やったものが叶ってしまって、ありがたいんですけど、感覚的に一丁上がってしまったなって思えて。だから、次にこうしたいという明確なものは……。まあ一個言うとすれば、次に出す音源はアルバムを出そうと思ってて。とりあえず今はそれしか見てないですね。
拓真 Turnstileと共演した時は、実は自分が叩いてる時も覚えてなくて。ライヴ当日の映像を見返しても、自分が顔を叩いたりしてるシーンが写ってるんですけど、ホンマにこんなんやってたかな?っていうレベルで。当日はずっと夢見心地というか。共演したというよりかは、Turnstileを観に行ったところで終わってる感じがして。何かを別に成し遂げたというよりかは、健太、佐伯の力があって連れてきてもらって、いいライヴを観させてもらって、ラッキーだったなという感じです。
幾実 僕も2018年のBLOODAXE FESTIVALでTurnstileを観て以来やったんで、信じられないっていう、そんな感じでしたね。緊張の方が大きかったんですけど、まあスゴい良い一日になったなって感じですね。
SiiiCK 『核に匹敵する優しさ、それと諦め』にはコンセプトもありますよね。前に作っていた曲、新しい曲も含め、どう一枚の作品にまとめていったのですか? ジャケットにしても、あれは広島の原爆の人の影の写真ですよね。
求健太 『核に匹敵する優しさ、それと諦め』は、最初は『恥部』と合わせて一気に出そうかと思ったんですけど、いきなりアルバムを持って来られても、聴く方はしんどいやろなと思ったんですよ。なので、とりあえず『恥部』だけ出して、後になってやっと『核に匹敵する優しさ、それと諦め』を出したんです。ざっくり言うと、『恥部』は「恥部」っていう名の通り、スゴいパーソナルなものなんですけど、『核に匹敵する優しさ、それと諦め』はその逆というか。全員、すべてに対するもので。ミクロとマクロぐらいの感じで、ざっくりそういうイメージはまずありました。広島のあの写真に関して言えることは、何ですかね、良いとか悪いとか、日本人のはっきりと何かを示さない感じってありますよね。で、それは良くないってされることが多いんですけど、僕としては別にそれもありやなと思ってて。音楽って僕にとっては神聖なものなので、そういう主張なり、何なりのために使われるものではないと思うんです。なので、ふわっとしてる感じです。写真にしても、何が良いとか悪いとかではなくて、そういう事実はあったなという感じですね。ハードコアをやってる以上、そういう意識もあるよというか。2025年だから、たまたま80年前やったんですよ。2年前に『オッペンハイマー』の映画があったり。でもその前から考えてたことなので。社会全体がそれと向き合ってる感じがしました。
佐伯基 ハードコアではやっぱり攻撃的だとか、大きな力に対する怒りだとか、そういうのが文化的に主流だとは思うんですけど、優しさというか、そういうテーマがあってもいいやろというか。別にそこの型にはまらなくても、自分らの思ったことをまっすぐ出すだけやなと思って。僕らの中で大事にしてるのが、自分に嘘はつかないということで。正直に音楽と向き合って出すっていうのは大事にしてるので、今回もそういう感じですかね。自分が感じてないことを想像で言うのは、やっぱり手の届く範囲じゃないので、限度があると思うんですよ。等身大って言ったらあれですけど、正直さは出せてるんかなとは思います。
Tive - あい・あい・あい
NIPPON HARDCORE BANDSとのNIPPON TOUR
SiiiCK ハードコアに対するこだわりについてはどうですか? Tシャツにも「OSAKA HARDCORE」って書かれているから、そこも熱いなと思ったんですけど。
求健太 音楽をいっぱい聴いてる自負はあるんですけど、他のバンドの人とかと話してて、自分はそこまでハードコアを聴いてるのかなと思ってたんですよ。でもこの受けてきた衝撃というのは、嘘じゃないという自信もあったんです。あと、最初の方は曲がわかりにくかったので、ハードコアだと思ってくれてないやろなと思ってたんですよ。「ハードコア・バンドなんかな?」っていうアイデンティティが揺らいでたんですけど、やっとSummer Bash Festなり、BLOODAXE FESTIVALなり、ハードコアの名刺みたいなフェスに呼ばれるようになって。今までのコンプレックスを取り返そうと思って。「言ってまえ」って感じですね。「OSAKA HARDCORE」って、案外文字にはしてないなと思って。これは言ったもん勝ちやと思って。最初はメンバーを笑かすつもりでアイデアを考えたんですけど、それが何か浸透していっちゃった感じですかね。最初は僕の個人的なコンプレックスの解消とシャレみたいなのがきっかけではありました。
SiiiCK 8月から全国ツアーに出ますが、タイトルも「NIPPON TOUR」だし、「WITH NIPPON HARDCORE BANDS」としているのが熱いですね。全国21ヶ所と細かく回るし、共演バンドにしても、世代もスタイルもいろいろなバンドがいるのも良いと思いました。
求健太 ホンマの最初のところから言うと、これはシャレというか。「触れるものすべてと血を通わす」という曲があるんですけど、「これ1曲で47都道府県ツアーをしたいな」ってノリで言ったら、佐伯が「ホンマにやらへん?」って食いついてきたんですよ。佐伯がさすらいのフォークシンガーやったら別にやってもらっていいんですけど、現実的に考えたらバンドやし、1曲で終わるわけにはいかないし。47都道府県も現実的じゃないやろとか。めちゃくちゃ揉めに揉めて、いろんなことが進んでいきましたね。
SiiiCK 47都道府県を1曲で回りたかったんですね。
佐伯基 「すべてと血を通わす」と言っちゃってるぐらいなので、47個全部回る、かつ、ライヴで1曲しかしないっていう、その2個が組み合わさったら、それは過去にももちろんないと思いますし、この先にもそんなアホなバンドは出てけえへんやろなと思って。まあホンマにエゴでしかないんですけど、そういうアホなことをしたいなっていうので、健太がシャレで持ってきたヤツで火がついてもうて。でも実際、ホンマにやるにあたって、やっぱりお客さんという存在がいて成り立つわけだし、共演してくれる演者さんがいてやっと成り立つものなので。そういうところで21都道府県のNIPPON TOURに落ち着きました。
求健太 過去に岩手のPRESS ON AHEADとか仙台のDIKTATORの方とかからも、オファーしてもらった縁があって、ここでそういう今までのちょっとしたつながりを大事にしてというか、たくさんの方に協力をしてもらって。47都道府県、全部は回れてないんですけど、とりあえずできる限り、ライブハウスがあって、ハードコア・バンドがいる土地をひとつなぎにしたくて。「NIPPON TOUR」、「WITH NIPPON HARDCORE BANDS」にしたのも、けっこう意図したんです。フライヤーを考えてる時に、佐伯が「WITH JAPANESE HARDCORE BANDS」って載せてアイデアを持ってきて。「大きく出たなあ」と思ったんですよ。でも、当時のジャパコアと勘違いされる方もいるんじゃないかというのもあって。どうしようかなってなった時に、「JAPAN」とか「JAPANESE」って、外からの言い方やなって気づいたんですよ。自分たちやったら、「日本」って言うじゃないですか。で、語呂の良さと、若干間を取って「NIPPON」にして。「NIPPON HARDCORE」って聞いたことがないし、これは新しいなと思って。それに伴って、「JAPAN TOUR」を「NIPPON TOUR」にして出したという感じですね。
SiiiCK ここから先はどのようなことを考えていますか?
求健太 聴いたことのない音楽が聴きたくて、自分でバンドをやってるところもあるので。実験的とかいう言われ方はしない新しさというか。ちゃんと伝わるし、なおかつ「何だこれは?」っていう。言葉で言うとハードルを上げちゃうんですけど、とりあえず聴いたことないものにはしたいですね。ハードコアはハードコアとしてありながらという感じです。
拓真 バンドとしてではなく、個人の話で言うと、ライヴでドラムソロなどもやっていきたいですね。いつ披露できるか分かりませんが密かに練習しています。
幾実 正直どうなるんだろうっていう感じですね。先があんまり考えれてないですね。
佐伯基 とにかく次に出す音楽のことしか今は考えてなくて。もちろんツアーは別なんですけど。バンドはいつ何があるかわからないので。このメンバーでいつまでできるのかとか、バンド自体もいつまでできるのかとかもあるので、太く短くの精神でやっていきます。
『核に匹敵する優しさ、それと諦め』
2025年2月14日リリースのEP

Tracklist
01. 触れるものすべてと血を通わす
02. あい・あい・あい
03. 核に匹敵する優しさ
I. うつむく花は地面をえぐる
II. 地殻変動
III. ピカドン
IV. すべて終わらせるあなたの
04. ドリフトファーザーアウェイ
05. 苦痛、Who Are You
06. それと諦め
“核に匹敵する優しさ、それと諦め” NIPPON TOUR

2025年8月2日(土)北海道 札幌STUDIO COELACANTH
2025年8月8日(金)岩手 盛岡MUSIC + BAR CRATES
2025年8月9日(土)宮城 仙台STUDIO B2 北目
2025年8月10日(日)福島 会津若松KARAN堂
2025年8月11日(月・祝)新潟 長岡HOOD
2025年8月13日(水)茨城 取手DANDELION CAFE
2025年8月15日(金)埼玉 戸田公園CORNER BOOKS
2025年8月16日(土)神奈川 横浜MUSIC BAR JOURNEY
2025年8月17日(日)東京 秋葉原 音楽館
2025年8月20日(水)静岡 沼津SPEAKEZ
2025年8月21日(木)愛知 名古屋RAD MINI
2025年8月22日(金)奈良 生駒STUDIO RHEBGATE
2025年8月23日(土)京都 SOCRATES
2025年8月24日(日)徳島 CROWBAR
2025年8月29日(金)長崎 ASTRO SPACE
2025年8月30日(土)福岡 天神 PUBLIC SPACE 四次元
2025年8月31日(日)沖縄 那覇 FANFARE
2025年9月4日(木)山口 防府 BAR 印度洋
2025年9月5日(金)広島 CLUB AGIT
2025年9月6日(土)岡山 倉敷108
2025年9月7日(日)大阪 心斎橋HOKAGE
予約フォーム
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予約締切:各公演-公演日前日の24:00
問い合わせ: tivejapantour2025@gmail.com
Instagram: @tivehoneycomb
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