Sub Popとシアトルのバンドの存在によって、当時の音楽シーンとカルチャーは大きく変わることになった。全米ビルボード1位の座にあったマイケル・ジャクソンはニルヴァーナにその座を明け渡し、ヘアメタルは時代遅れのものと見なされ、アンダーグラウンドのバンドには大きな注目が集まり、オルタナティヴ・ロックはメインストリームへと躍り出た。
Sub Popは、インディーレーベル・カルチャーの重要性を示しただけでなく、ローカルシーンという概念を世界に広め、ロックそのものの価値観を変えた。それは’90年代以降のオルタナティヴ&パンクロックへと続く大きな道を切り開くことにもなる。このレーベルが果たした意義はあまりにも大きい。
そのSub Popの創設者であるブルース・パヴィットが来日。2026年3月26日、NONLECTURE books/artsでトーク&サイン会を開催した。NONLECTURE books/artsは、渋谷ZERO GATEの地下1階にオープンしたばかりのスペースで、書籍、アート、展示、イベント、プロダクトといった領域を横断しながら、知覚や思考の往復運動を生み出す場として構想されている。
この日のトーク&サイン会でも貴重な話がいくつも飛び出したが、SiiiCKではその前に時間を作っていただき、インタビューを行う機会を得ることができた。
Sub Popが生まれた背景
SiiiCK 昔、1993年にシアトルのSUB POPのオフィスに、あなたとジョナサン・ポネマンを訪ねて、取材したことがあるんですよ。’93年と言えば、すでにSUB POPはソニーミュージックと契約していましたよね。それで日本にも来ましたよね。
ブルース そうだね。1993年の12月だったと思う。渋谷と大阪でLame Fest in Japanというショーをやったんだ。Fastbacks 、Seaweed、Supersuckers、それから日本のバンド、Supersnazzも出演してくれた。日本に行ったのはその時が初めてで唯一なんだ。だから、時間はかかったけれど、また日本に来れるのをスゴく楽しみにしていたんだ。
SiiiCK 日本は変わりました?
ブルース 変わったね。でも、あの当時から未来の都市って感じがした。それで、今は未来の中にいる感じがするんだよね。
SiiiCK ’93年のインタビューを今読み返すと、あなたはサード・エヴァーグリーン州立大学に通いながら、Subterranean Popというジンを始めて、当時のメディアでは無視されていた音楽を取り上げました。それがSub Popの始まりになったんですよね。
ブルース そのことについて少し話すよ。僕はシカゴ近辺の出身なんだけど、そこから2000マイル離れた北西部に引っ越すことにしたんだ。オリンピアにあるエヴァーグリーンっていう自由思想の学校に行くためで、そこはかなり悪名高い学校だった。そこにはKAOSというラジオ局があって、インディペンデント音楽に関してはアメリカで最大のコレクションを持っていた。そこで僕は、インディー系の小さなレーベルと小規模なリリースについて学んだ。そこで気づいたんだよ。多くの作品がメディアではレビューされていないってことにね。だから、Subterranean Popというジンでは、小さな街から出たレコードについて書くことに焦点を当てることにした。シアトルとかシカゴとか、いろんな地域のシーンに光を当てようとしたんだ。というのも、どの街にもアンダーグラウンドのシーンがあるっていうのに気づいたからだ。そしてその多くは記録されていなかった。だから僕はそこに興味を持ったんだ。
SiiiCK 今日も販売されているあなたの本「Sub Pop USA: The Subterranean Pop Music Anthology, 1980-1988」には、あなたの書いたレコードレビューが掲載されていますが、本当にたくさんのレビューを書いていたんですね。
ブルース レコードレビューはたくさん書いたよ。そこにはいつも住所も載せていた。そうすれば読者がそのバンドに手紙を書けるから。例えば、君がバンドマンで、ツアーに出たいと思っている。そこで、「うわ、この人ミルウォーキーの人だ」、「この人シカゴの人だ」っていうのがわかれば、「彼らに手紙を書こう。もしかしたら泊めてくれるかもしれないし、ツアーができるかもしれない」ってなるよね。そうやって、ネットワークのツールになったんだ。これはインターネット以前の話だよ。その情報はスゴく価値があったと思うし、僕自身もいろいろな地域のシーンを研究することができた。それが後にSub Popのレコードレーベルにつながったんだ。「今度はシアトルに焦点を当てよう。シアトルの人たちを結びつけよう」ってなったんだ。
Subterranean Pop Music Anthology, 1980–1988(Bazillion Points)

SiiiCK 当時のインタビューでは、あなたの弟とサウンドガーデンのキム・セイルが一緒にバンドをやっていたのも、きっかけになったと話していますね。
ブルース それはどうかわからないけれど、僕の弟は偶然にもキム・セイルとバンドをやっていて、僕がレコードを出す手伝いをしたのは確かだ。それはただ地元のバンドがレコードを出すという話の一例にすぎないよ。実際に何が起きたかというと、僕がレコードを出し始めたのは、ジンをやっていて、「もしかしたら人々はこの音楽を聴きたいんじゃないか」と思ったんだ。それでカセットのリリースを始めた。僕はお金があまりなかったから、カセットなら作れると思って、それを郵送販売で売ることにした。結局、2000本くらい売れたと思うよ。ジャケットは、有名なイラストレーターのチャールズ・バーンズが描いてくれた。上手くいったし、みんなスゴくワクワクしてくれた。それに、全米のいろんな街からバンドが参加してくれた。それで、だんだんレコードレーベルみたいになっていって、1986年には『Sub Pop 100』っていうコンピレーションをリリースすることになった。日本のバンドの少年ナイフも参加してくれたよ。そのコンピレーションが最初に出したレコードで、アメリカ中のバンドが参加してくれたんだ。でも、そのレコードを出した後に僕は言ったよ。「よし、これからはシアトルに集中しよう」って。グリーン・リヴァー、サウンドガーデン、マッドハニー、ニルヴァーナ……というバンドだ。
SiiiCK 当時、このシーンのメディアと言えば、MAXIMUM ROCKNROLL、レーベルと言えば、SSTとかDischordぐらいしか影響力がなかったと思います。その中であなたはシアトルというローカルのシーンに焦点を当ててサポートするという、まだ誰もやったことのなかったことを始めたわけですよね。どのようにして、Sub Popをゼロから始めたのですか?
ブルース そうそう。完全にゼロから始めたよ。本当にゼロ。資金もゼロ。「お金もないのにどうやってやるの?」って感じだったけれど。それについて語ったら、一冊の本が書けるね(笑)。よく人に「どういう人生を送ってきたのですか?」って聞かれるけれど、僕はこう答えている。「僕はただ面白い人たちに会いたいだけだ。友達と楽しい時間を過ごしたい。カッコいいライヴに行きたい。自分が気分良くなれることをやりたい」。そういうことなんだよ。グリーン・リヴァーがヤバい!ってなったら、親父からお金を借りて、レコードを出す。そういうのが徐々に積み重なっただけで、デッカいマスタープランとか大きな目標はなかった。友達と一緒に何かを始めて、さあどうなるかっていうのをやっていただけだ。地味なスタートだったけれど、コミュニティとファミリーという感じはあった。それが一番大事なことなんだけどね。最高のシーンっていうのは、こういう場所から自然に生まれるんだ。まさにこのスペース(NONLECTURE books/arts)みたいなところから生まれるんだ。
SiiiCK Sub Popはレコードのリリースに関しては、スゴく楽しい形でやっていましたよね。7インチとかカラーヴァイナルをリリースして、世界中のレコードコレクターたちが夢中になりました。
ブルース そうそう。レコードを限定盤にしたら、マニアみたいな熱狂が生まれるってわかったから。それで人々は「そのレコードが欲しい!」ってなる。だからSub Popは「Singles Club」を始めたんだ。そんなことをやった人はそれまでに誰もいなかった。「前払いでお金を送ってくれ。そしたらレコードが入手できる」っていうやり方だ。レコードをリリースするにも、お金が足りなくて四苦八苦していた時だ。だけど、限定盤だってわかっているファンは喜んでお金を送ってくれた。最初のSingles Clubのレコードは、ニルヴァーナの「Love Buzz」で、1000枚プレスしたよ。今のコレクター市場では3500ドルくらいするんだ。だからこれは実験が成功したということだ。僕たちはずっと型破りなやり方でやってきたけど、僕たちはプロのビジネスマンじゃなかったからね。その場その場で考えたんだ。「今月、どうやって家賃を払うんだ?」、「よし、考えよう」、「でっかいライヴをやろう」って感じでね。とにかくみんなをワクワクさせたかった。それでみんながワクワクすれば、ファンベースは広がっていくと信じていた。

世界を大きく変えたSub Popとシアトルのシーン
SiiiCK これはいつも不思議に思っていたことなので、改めて聞きたいのですが、シアトルって何が特別だったのでしょうか? 音楽的にも、パンクのアティテュードなのにハードロックやメタルのサウンドが入っていて、ジャンルのルールがなかったですよね。その上、どのバンドも全く違う個性を持っていたのに、シアトルのバンドということで、共通する特別のヴァイブスがありましたよね。
ブルース それには秘密があるんだ。実は、同じフォトグラファーがすべての写真を撮っていたんだよ。だから人々が写真を見ると、「おお、同じヴァイブスだ」みたいに感じるんだ。フォトグラファーのチャールズ・ピーターソンがキーだ。だから、同じだけど違う。そこのバランスが絶妙だったんだ。
SiiiCK めちゃくちゃスゴい話ですね。
ブルース 初めてチャールズ・ピーターソンの写真を見たのはパーティの時で、彼はその写真を壁に掛けていたんだ。3フィート×4フィートくらいの大きさでね。その写真を見た瞬間、僕はひらめいたんだ。「あ、この写真をレコードに使えばいいんだ」って。「これでレコードが売れる」ってね。だから、彼の写真が一番のインスピレーションになったんだ。そのイメージがあればレコードを売れるってわかって、すべてが一気につながった感じだ。僕は昔レコードショップをやっていたんだけど、当時は、アートワークやパッケージが非常に重要だった。人は店に入ってきて、ただ「見た目がカッコいい」という理由でだけでレコードを手に取る。「これを買うよ。どんな音なの?」って感じでね。だからビジュアルのプレゼンテーションは、今以上に重要だった。それで、「シアトルは何が特別だったのか」という質問だけれど、別の見方をするとね、それは単に、同じ興味を持った人たちのコミュニティだったということ。彼らはお互いのために演奏していたし、お互いに影響を与え合っていた。「俺たちはビールを飲んでロックするのが好きだ」って理解していたんだ。それが全体の雰囲気だ。例えば、誰かが「新しいバンドを始めた。マッドハニーっていうんだけど」って言えば、「今夜うちのバンドとビールを飲みながらロックしよう」ってなる。友達が友達のために音楽をやっている感じだ。だから、感覚が同じなんだよ。サウンドガーデンとマッドハニーは個性が異なるバンドだけれど、エネルギーは同じだ。だから、大体の共通理解はこうだった。「ビールを飲んでロックする」、そして、「誰がそれを一番上手くできるか」。誰もこれでお金を稼げるなんて思っていなかった。ただ友達のために演奏していただけだ。というのも、シアトルはスゴく孤立した場所だったから、「音楽で食べていこう」なんて考えは誰にもなかった。本当に気にしていなかったんだよ。ただ自分たちがやりたい音楽をやっていただけ。でもその後、少し状況は変わった。音楽でお金を稼げるようになったんだ。
SiiiCK Sub Popとシアトルのバンドは世界を大きく変えましたよね。当時、見ていてスゴいなと思ったのは、その大きな変化によって、ヘアメタルがまさに一夜にしてダサいものに変わってしまったことです。
ブルース 僕に言わせれば、ヘアメタルは性差別的で、同性愛嫌悪的だった。ほとんどファシスト的ですらあった。白人の男たちが女性をリスペクトしない、そういう世界で、ロックはそういうものに成り下がってしまっていた。でも、シアトルのシーンはこうだった。いや、ロックはそんなものである必要はない、もっと本物でいいんだって。俺たちはただここにいる。仲間意識があるから。友達だからここにいる。だから人々は受け入れられたんだ。エリート意識の強いロックの人たちって、他人を見下したりするけれど、シアトルでは全くそうではなかった。もっと健全なカルチャーだったから。
SiiiCK それに、大きな変化によって、世界中がアンダーグラウンドのバンドに注目し始めましたよね。
ブルース そうなんだ。それは特にニルヴァーナが爆発的に成功した後だね。カート・コバーンは、もっとアウトサイダーなバンドをたくさん支持していた。良い例が、ダニエル・ジョンストンだよ。カートがそういうことをしたのは、本当に誇らしいことだと思う。「ヘイ、少年ナイフをツアーに連れていこう」って言ってたのもスゴくクールだった。
SiiiCK クールこともたくさん起きましたが、一方で起きた悪いことについてはどう思いますか?
ブルース 人が自殺した。それは最悪だった。それはもうはっきり言える。それに、世の中には正義なんてないと思っている。例えば、ニルヴァーナはスゴく大きくなって、莫大なお金を稼いだ。それで、他の多くのバンドも「じゃあ自分たちも…」って思った。それでメジャーレーベルと契約しようとした。でも、その多くは失敗した。そして彼らは気づいた。「ああ、ヤバい」って。それは奇妙な状況だったね。最初は友達同士が友達のために演奏していた。でも突然、ニルヴァーナとサウンドガーデンにとてつもない成功が訪れた。それでバンドは「じゃあ…」ってなった。物事が変わったんだ。動機も変わった。流れも少し変わった。僕たちは僕たちで、新しいバンドの波をつかまえて契約する必要があった。Sub Popのバンドの多くがメジャーレーベルに移ってしまったからね。それで何が起きたかというと、多くは失敗した。それに多くの人がストレスを抱えた。カート・コバーンのストレスはものスゴかった。世界一ビッグなロックスターになるなんて、あまり楽しいことじゃないからね。まず、ツアーを続けなきゃいけない。みんなニルヴァーナからお金を稼いでいるから。だから誰も休んでほしくない。休んだら収入が減るから。だから常にツアーを続けるプレッシャーがある。それに子供も生まれて、面倒を見なきゃいけない。カートがどれほどのストレスを感じていたのか、僕としては想像することしかできないよ。だから正直、この成功については複雑な気持ちを持っている。もちろんバンドが成功したのはうれしい。でも同時に、それに伴うストレスも知っている。あんなものは誰にも背負わせたくないから。
2026年3月26日、NONLECTURE books/artsで行われたトーク&サイン会。トークの対談相手は、みの(みのミュージック)

Sub Popのストーリーを伝えること
SiiiCK あなたは今日のトーク&サイン会のように、現在は世界中でSub Popのストーリーについて話し、多くの人と共有していますよね。この活動を通して、改めて気づいたことはありますか?
ブルース もちろん。僕は歴史を振り返って評価し直す時、「何が重要だったのか?」を考えるんだ。そこで何度も気づかされるのは、重要なことって、自分がやることに満足しているかどうかなんだ。あとは、友達と一緒に働くこと。時には、小規模なままでいる方がいいんだ。巨大なものになろうとするよりも、等身大のサイズを保つ方がいいんだ。マッドハニーっていうバンドを例に挙げよう。彼らは今でもツアーしている。今でも演奏している。今は小さなクラブで演奏している。巨大な成功はなかった。でも今でもツアーができる。クールなこともできる。規模は小さいけれど、彼らはまだ生きている。そして今でも友達なんだ。世界一ビッグなロックスターになることが、本当に幸せかはわからないし、僕は正直、誰にも勧めたいとは思わない。
SiiiCK 本当ですね。僕は2013年7月にシアトルで行われたSub Popの25周年に行ったのですが、大きなブロックパーティという感じがしました。しかも、あれだけ世界を大きく変えたシーンなのに、本当に地元の人たちが集まるコミュニティだったんですよね。誰もが友達で、楽しくハングアウトしていたのが、スゴく印象的でした。
ブルース まさにそうだよ。まだそのヴァイブスは今も保たれている感じだね。あのパーティは5年ごとに開かれるんだけど、いつも思い出させてくれるんだ。「そうだよな、これはコミュニティとして一緒に楽しむことなんだ」ってね。そこを見失っちゃいけない。それに、あのパーティは無料なんだ。またそのうちやると思うよ。
SiiiCK 今回、NONLECTURE books/artsで、トーク&サイン会をやることになった経緯についても聞かせてください。
ブルース ’90年代初頭にシアトルにいた、友達の小濱哲也に連絡をしたんだ。「日本に行くよ」って言ったら、彼が「プレスポップにいる友達に連絡をするといいよ」って言うんだ。それで僕はヤス(峯岸康隆)に連絡を取ったんだ。僕のパブリッシャー(Bazillion Points Books)にも聞いたら、プレスポップは僕の本をたくさん扱ってくれているって言うんだ。ヤスはこのイベントを実現させるためにスゴく努力してくれたよ。しかも、NONLECTUREはちょうど良いタイミングでオープンすることになった。本当に感謝しかないし、すべてのことが、ちょうどいい形で収まった感じなんだ。プレスポップのおかげで、すべてがこんなに上手くまとまったのは、ある意味奇跡みたいなものだと思う。ここにいられるのは本当に光栄だ。NONLECTUREには、実はさっき初めて来たんだけれど、この場所を見てすぐに、「ああ、これはいい感じだ」って思ったね。壁にマッシヴ・アタックのポスターがあってさ。あれは僕の大好きなバンドの一つなんだ。「なるほど、ここは音楽好きの人たちの場所なんだな」って思ったよ。それにビジュアルアートもスゴく興味深い。僕の理解では、この場所はただのブックストアじゃないんだよね。コミュニティのハブみたいな場所になると思うよ。イベントもやってるしね。カルチャーっていうのはそういう場所から始まるんだ。僕がSub Popのストーリーから学んだことを言うとね。ほんの数人の人たちがクールなことをやるだけで、世界のカルチャーを変えることができるんだ。それはSub Popのストーリーが証明している。お金もない、ほんの数人の人たちが、それを実現させたんだから。だから、絶対にここでも起こり得る。大事なのは、人が集まる機会があることだ。一緒に楽しみながら、クールなことをやることが重要なんだよ。
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