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【連載】DOGTOWN スケートボードとカルチャーのつながりとルーツを紐解く VOL.8:横山泰介 【前編】

ゼファー・スケート・チーム所属でZ-BOYSの一人であったジム・ミュアーが始めたブランド「DOGTOWN」。

’80年代には弟のマイク・ミュアー(スイサイダル・テンデンシーズ)も加わって、ヴェニスからカルチャーを発信していくリーダー的な存在となった。スケートボードを軸に、音楽、アート、さらにはスタイルとアティテュードが加わったのが、DOGTOWNというカルチャーである。

このSiiiCKの連載では、DOGTOWNを愛する様々な人たちに登場していただき、スケートボードとカルチャーのつながりとルーツを紐解いていきたいと思う。

第8回目は、1948年東京生まれ、鎌倉育ち、葉山在住の写真家、サーファーの横山泰介さんが登場。

横山泰介さんは、日本で初めて刊行されたサーフィン雑誌「サーフィンワールド」に写真が掲載されたのを機に、フォトグラファーとしてのキャリアをスタート。40年近くにわたってサーファーのポートレートを中心に作品を発表し続け、サーファーのみならず、ミュージシャンやアーティスト、ハリウッドスターまで、数多くの有名人を写真に収めてきた。

横山泰介さんとは、’80年代終わりから2000年代にかけて、FineやWARPといった雑誌で数々の仕事をしてきたのが、編集者の大野俊也。

二人の交友関係の中には、大野薫、西岡昌典という、サーフ、スケート界のレジェンド(故人)も、キーパーソンとして大きく関わっていた。

ここでは、大野俊也が大先輩である横山泰介さんに話を聞いたインタビューを紹介する。



Photography: Jesse Kojima



昔の撮影の話から


SiiiCK タイさん(横山泰介)とはFine、WARP時代にいろいろな撮影をやりましたよね。タイさんにスケーターと女の子モデルの絡みのファッション撮影をやっていただいて、ニシさん(西岡昌典)にスケートの撮影をやっていただいたこともありました。


横山泰介 そうだったね。デビル(西岡昌典)の話をすると、昔、カリフォルニアで撮影した時に、ローカルのスケーターたちが、みんなデビルのことを聞いてきたよ。何年か前も、七里ヶ浜の駐車場にトニー・アルヴァがいてね。「おまえ、デビル知ってるか?」って、向こうから言ってくるから、たまげたよ。その後、GREENROOM FESTIVALにVANSチームで来てたから、写真を撮りたいって言ったら、平気だよって言って。今度は自分から、「俺はデビルの友達だ」って言ったら、何でもOKになったね(笑)。デビルはクリスチャン・ホソイともけっこう仲良かったじゃん。デビルが一時期、七里ヶ浜に住んでる時に、クリスチャンがずっと泊まり込んでたんだよ。あいつらは上半身裸でスケートしてるじゃない? そのまま鎌倉駅に行って、お金を下ろすのに裸のままバーッて銀行の中に入っていって。みんなびっくりしてたよ。あいつらは全然気にしてなかったけど。


SiiiCK タイさんが材木座の家に住んでいた時に、ニシさんが居候していたのはよく覚えていますよ。


横山泰介 あいつは何でもいいから転がり込んでくるんだ。何回も転がり込んでくるんだよ。J・グラント・ブリテンの家にもいたし、ティム・ビセールの家にもいた。グラントがGREENROOM FESTIVALで来た時に、俺は会いに行ったんだよ。ちょうどニシが退院して、車椅子の時で。グラントが「ニシがいるんだったら、息子にどうしても会わせたい」って言って。昔、俺の家に居候してる時に、ニシはずっとグラントの息子の面倒を見てたんだよね。それで、すぐに呼びに行って、息子と対面したんだけど、息子は感激してたよ。ニシって、外国だと評判が悪くないんだよね。日本だとどこに行っても問題を起こすから、みんな関知したくないんだ。でも、亡くなったらみんな出てきたよね。ニシの作った「CYXBORG」は、今見てもスゴくいい本だと思うんだ。あの時代にあんな本を作れたのはスゴいし、全部一人でやってるからね。だから、才能はあるんだ。でも、人間性と才能は正比例しないんだよ。


SiiiCK 何だかんだ言って、僕はニシさんと大野薫さんには大きな影響を受けていますからね。僕も二人のように、海外に出て、自分の世界と自分の人脈を作りたいと思って頑張りました。


横山泰介 言ったら、正反対の二人だからね。でも、海外に早くから目を向けてたし、自分から発信してたよ。


SiiiCK 二人の話で言えば、Fineの忘年会のことを思い出しましたよ。居酒屋に100人以上呼んで、クリスチャン・フレッチャーとかスイサイダル・テンデンシーズのメンバーも来て。二人は離れた席に座っていたんですけど、そのうちおしぼりを投げ合って、だんだんエスカレートしていったんですよね。


横山泰介 ヤバいよね。でも、ああいう何かを持ってるヤツって、最近はいないよね。いい子ちゃんになりすぎなんじゃない?


SiiiCK 薫さんはカッコ悪いものが嫌いでしたよね。僕が例えばスケートボードの記事で、薫さんがカッコ悪いと思っているものを載せると、電話が来て、「田舎者を載せるな」って怒られましたからね。


横山泰介 薫は普通にストレートに辛辣に言っちゃうから。あいつは好き嫌いが激しかったね。……ところで、今日は何の取材なの?(笑)


SiiiCK 写真、サーフィン、DOGTOWNを始めとするカリフォルニアのカルチャーなどについて、いろいろな話を聞かせてほしいんです。僕がタイさんに初めてお会いしたのは、確か、鵠沼にあった薫さんのグラバー邸だったと思うんですよ。


横山泰介 そうだね。俺の中では、Fineという雑誌はやっぱり大きいんだよね。当時めちゃくちゃ売れてたじゃない? 木村拓哉も2回登場したよね。ちょうど雑誌が売れて、部数がどんどん増えてる時に、大野くんが編集長になって。表紙から巻頭ファッションまで、全部まかせてもらったこともあるのね。あの時の勢いは本当スゴくて。でも、編集の子たちは徹夜、徹夜で大変だったよね。徹夜してるのに、遊びに行っちゃうし。


SiiiCK Fineのスタッフだとクラブには無料で入れるし、しかも、毎週水曜日は六本木EROSでパーティもやっていましたからね。朝までパーティやって、そのまま寝ないでビーチの撮影に直行しましたよ。


横山泰介 ロケバスで行くんだよね。湘南でロケだと、俺なんかは鎌倉だから近いけど、スタッフもモデルも、みんなロケバスで寝てるんだ。


SiiiCK 伊豆の吉佐美にもよく撮影に行きましたよね。撮影が終わると、タイさんの知っている、魚の美味しいお店に行って。


横山泰介 そこでご飯を食べて、お酒を飲んで。ロケバスに乗って、俺は湘南に寄ってもらって。みんなは東京まで帰るんだけど、ずっと寝てたよね。俺がスゴい勉強になったのは、Fineってカット数が異常に多いのよ。でも、どこで何を撮るかは決めてないんだよ。だから、すぐにパパパッて見て、ここでこれを撮ろうって、俺が決めるんだよ。しかも、みんな読者モデルで、朝まで遊んでるから、寝起きの感じでやるわけ。それがスゴかったよね。


Image



写真とサーフィン


SiiiCK タイさんの写真とサーフィンの入り口はどこだったのですか?


横山泰介 俺は小さい時から鎌倉だったじゃないですか。小学校ぐらいになると、鎌倉には海の家で貸してくれるフロートっていう、中が空洞になってる板があって。小学生だと、波打ち際で立てちゃうんだ。あれが原体験だね。俺たちの時代は遊び道具がなかったから、海で遊ぶか、山に行ってセミを取るかぐらいで。とりあえず波に乗って立てたのが面白くて。それに、湘南には俺よりも上の世代のサーファーがいたんだ。


SiiiCK 写真との出会いは、何かきっかけがあったんですか?


横山泰介 昔はこの辺の公民館でサーフィンの映画をやってたんだよね。それが16ミリでさ。向こうから輸入したものを上映するんだけど、だったら自分たちで撮っちゃわない?って感じになって。知り合いに頼んで、撮影所に潜り込んで、ムービーの助手になったんだよ。そしたらいきなり変身モノとか『伝七捕物帳』とかの撮影で、最終的には『子連れ狼』で京都の太秦に行ってこいって言われて。それはちょっとヤバいでしょと思ったよね。当時の撮影所は超ブラックで、スゴい勢いで病気にならないと辞めさせてくれなかったのね。俺なんかは終わったらすぐにサーフィンしたいんだよ。でも、京都なんて波がないし。それで撮影所を辞めてブラブラしてたら、当時のガールフレンドの知り合いにカメラマンがいて。フラワーチルドレンの時代にサンフランシスコにいた人なんだ。その人はPARCOの最初の宣伝を撮ってる人で、原宿の事務所に遊びに行ったら、「ムービーもいいけどスチールもいいもんだよ」、「大切な仕事がある時だけ、手伝ってくれればいいよ」って言ってくれて。そこで全部教えてくれたんだよね。暗室の鍵を持たされて、「いろんな人に暗室を貸すから。もし君が泊まり込みの時は、鍵を渡すから、彼らに貸してあげて。終わったら君が管理してね」って言われて。それで、入れ替わり立ち替わりで、夜中に3人ぐらい来るわけ。今では超有名な人なんだけど、疲れた顔をしてさ、タバコを吸いながら、「ああ……」なんて言ってるんだ。「どうしたんですか?」って聞いたら、「いやあ。プリントなんて1000枚焼いてもわからないんだよ」って言うから、俺はスゴい大変なんだろうなと思ってたよ。それで結局、きっかけとなったのは、当時、「サーフィンワールド」っていうサーフィンの雑誌があって。たまたま俺が稲村で撮った写真が、編集長の石井秀明の目に留まって。その写真を使いたいからって言って、いいですよって言ったのが、サーフィン雑誌に初めて掲載された写真なんだ。それで、サーフィン雑誌って面白そうだなと思って。俺はゼロからやってたのに等しいから、一緒に成長したっていうかさ、今見るとスゴい恥ずかしい写真もいっぱいあるけどね。だからある意味、石井秀明が見つけてくれた稲村の写真がスタートになったんだよ。


SiiiCK そうだったんですね。


横山泰介 それで、最初はもちろんコンテストとかを、水中とか岸から撮ってたのね。当時はASPの丸井のオフィシャル・カメラマンもやってたんだ。部原でもやってたし、新島でもやってた。


SiiiCK そう言えば、新島で開催されたASPの時、Fineでマット・アーチボルド、リッチー・コリンズとかと女の子モデルたちの撮影をやりましたよね。


横山泰介 ポートレートを撮るきっかけになったのは、実はFineなんだよ。Fineの編集の女の子がいろいろ服を集めてきて、選手に着せちゃうわけ。今はもう無理だけど、当時はまだゆるかったから、選手もOKしちゃって。当時の俺は、6×7の中判カメラを始めてたんだ。それでだんだんサーフィンのコンテストのシーンよりかは、インタビューの撮影の方が面白いなってなってきて。Fineでもいろいろな人のインタビューとかミュージシャンの撮影も振ってくれるようになったから。それでだんだんそっちの方になっていったんだよね。


SiiiCK Fineで撮影をお願いする前から、タイさんのポートレート写真がスゴい好きだったんですよ。当時、ブルース・オズボーンとも仕事をしていましたよね。


横山泰介 たまたまハリウッド ランチ マーケットの垂水ゲンさんがいて。あの人はメルローズのお店を手がけてたんだ。メルローズのタブロイド版があって、カッコ良かったんだよね。その中のカメラマンがブルースって言って、奥さんが日本人でさ。今度来るから紹介するよって言われて、紹介してもらったんだよ。それで会ったら、日本に住むことになったって言うんだ。「日本で仕事する時に、スタジオのシステムとかわからないから」って言うから、「いいよ。何をやればいいの?」って言ったら、「いい音楽をかけて、ダンスが踊れて、お酒が飲めればいいよ」って(笑)。それで、ブルースのために、スタジオでライティングの指示とかを全部やってあげて。ワインとかビールを買ってきて、モデルにも飲ませて、俺たちも飲んで。ガンガンに踊りながら撮影してたんだよ。それが最高で。何年か続いてたのかな。俺は撮影ってそういうもんだろうなと思ってたわけ。そしたらある日突然さ、クライアントでスーツを着た人が来て、スゴい勢いで見てるわけ。これ、いけないのかなと思って(笑)。ブルースとしては、ノリが良くて、出来上がりが良ければいいじゃない? あいつは日本のシステムを知らなかったからさ。それに、ブルースはミュージシャンをいっぱい撮ってたんだ。ロン・ウッドとかも撮ってたよ。俺もスゴく刺激になったし、面白かったね。


SiiiCK サーフィン専門誌は、サーフィンワールドでもサーフィンライフでも、撮影をしていましたよね。


横山泰介 両方やってたのは俺だけだよ。俺は言ったの。「誰かを縛りつけてやってる時代じゃないんだよ。良いものを作るんだったら、共有すればいいじゃん」って。


SiiiCK 僕もまさにその気持ちでした。


横山泰介 俺もそうだし、薫もそうだし、デビルもそうだし、同じ気持ちなんだよね。〇〇〇〇〇〇〇っていうサーフボードの工場にタイムレコーダーが設置されてる時に、思ったもんね。〇〇〇〇〇〇〇って言ってる場合じゃないじゃんって(笑)。


SiiiCK 僕は最初の2年ぐらいは、編集長から、「このフォトグラファーと仕事をしなさい」って指示されたんですよ。でも、自分の実力がついていくうちに、自分でフォトグラファーを選びたくなって。サーフィンライフのフォトグラファーとは仕事できないと言われたんですけど、僕はタイさんと仕事をしたくて。僕が覚えているのは、サーフィンライフジュニアの表紙で、タイさんがクリスチャン・ホソイを撮影したのがあって。それがまたカッコ良くて、スゴくジェラったんですよね(笑)。それである時、タイさんに「Fineでも撮影してもらえます?」って聞いたら、できるよって言っていただいて。それで撮影をお願いするようになったんですよ。


横山泰介 俺はそういう縛りはないよって言って。でも、大野くんはあの一番勢いのある時代を駆け抜けたから、俺はスゴいなと思ってるんだよね。


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【後編】に続く



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